週間ダイヤモンド、2024年12月7日号に「就職人気企業最新ランキング」という特集が組まれておりますが、文系男子/文系女子別のトップ・テン企業は下記のように報じられております。
男子・女子とも、商社がトップ・ファイブを独占するという結果も刮目すべき点ですが、大手証券の一角、大和証券グループのランキング入りには、古参の証券マンの私にとり感慨深いモノがあります。
その理由は、一つはランキング入り自体に、もう一つは主要銀行も含む大手金融機関の中でも上位にランキングされていることです。
私が証券の世界に飛び込んだ1980年、世間が業界に向ける眼は、決して芳しいものではありませんでした。
曰く、朝が早い、ノルマがきつい、入社後2~3年で半数以上が辞める、残業が常態化している、土日も無い・・・・等々、散々な評判でした。
さらには、バブル景気の中、業容が急速に拡大したことにより、従業員に大きな負担が掛かり、業界の内外で長時間労働が当然のことのように認識されてしまいます。
営業現場では、顧客との距離を他社より少しでも縮めようとするあまり、過剰な顧客接待合戦が繰り広げられ、担当者は高いノルマを担ぎながら、大きなプレッシャーを感じることになります。
この世界で生きる限り、どこもかしこもプライベートな時間などほとんどなく、「会社が第一」「会社が家族」という歪んだ価値観が定着していました。
この頃、都市伝説のように伝えられていたのが、早朝、家を出る時に娘さんから「また来てね!」と言われたという武勇伝/笑い話でした。
その真偽はともかく、実際の現場は、より壮絶だった記憶がありますが、以下は某証券の法人部長が某銀行の副頭取を接待した折の逸話です。
宴会は夜の9時30分頃にお開きとなった。翌朝、副頭取が銀行に出社すると、その法人部長の礼状が待っていたという。法人部長の部下が、朝一番で礼状を銀行まで持参してきたのだ。話を聞くと、当の法人部長は宴会後、本店に帰って礼状をしたため、翌朝部下に銀行に持参させたのだという。
(実録バブル金融秘史/恩田饒)
このように、上も下も一丸となって、しのぎを削っていたわけですから、ストレスや健康問題が深刻化していたにもかかわらず、回し車のネズミのように走り続けていたのでしょう、私自身も何の疑念もなく長時間労働に右往左往しておりました。
バブル崩壊後も、多くの企業が合理化のため、早期退職やリストラを進めたため、個々の従業員の業務量は増加という皮肉な状況が生まれてしまいました。
この頃から、過労死問題が社会問題に、それどころか国際問題としても認識され、ようやく人々の意識も変わり始めました。
2000年代に入ると、社会的に働き方改革への関心が高まり、労働法制の改正やITの進展により、いよいよ「ワーク・ライフ・バランス」という語が人々の口に上るようになり、ここに働き方改革の黎明期に突入します。
2平成19年12月18日、関係閣僚、経済界・労働界・地方公共団体の代表等からなる「官民トップ会議」において、遂に「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」が宣言されます。設定されます。
その冒頭、社会全体としての「仕事と生活の調和の必要性」と「目指すべき社会の姿」を示し、その重要性を高らかに宣しております。
仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章 (内閣府)
(抜粋、下線は筆者)
我が国の社会は、人々の働き方に関する意識や環境が社会経済構造の変化に必ずしも適応しきれず、仕事と生活が両立しにくい現実に直面している。
誰もがやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たす一方で、子育て・介護の時間や、家庭、地域、自己啓発等にかかる個人の時間を持てる健康で豊かな生活ができるよう、今こそ、社会全体で仕事と生活の双方の調和の実現を希求していかなければならない。
仕事と生活の調和と経済成長は車の両輪であり、若者が経済的に自立し、性や年齢などに関わらず誰もが意欲と能力を発揮して労働市場に参加することは、我が国の活力と成長力を高め、ひいては、少子化の流れを変え、持続可能な社会の実現にも資することとなる。
そのような社会の実現に向けて、国民一人ひとりが積極的に取り組めるよう、ここに、仕事と生活の調和の必要性、目指すべき社会の姿を示し、新たな決意の下、官民一体となって取り組んでいくため、政労使の合意により本憲章を策定する。
そして、〔仕事と生活の調和が実現した社会の姿〕として、次の三点を掲げております。
また後段では〔関係者が果たすべき役割〕して、労使を始めとする国民の取り組み、国や地方公共団体による支援を踏まえて、社会全体の運動として広げていく必要性が強調されています。
その後、ワーク・ライフ・バランスの実現を推進する原動力として、2008年厚生労働省主導による官民共同事業「仕事と生活の調和推進プロジェクト」が始動します。
証券界でも、フレックスタイム制やリモートワークの導入といった対処療法的な試みを導入する企業は存在しておりましたが、 過労死問題や少子高齢化に伴い、政府が本格的な働き方改革を推進するに伴い、労働環境改善に本気で取り組む企業が増え、対応が進み始めます。
さらに、コロナ禍の時代に、リモート・ワークに代表される柔軟な働き方や一層のデジタル化が必須とされます。
証券界は、経済・社会の変化とともに、徐々に働き方改革を進めてきましたが、今後は業界特有の慣習を見直しつつ、柔軟な働き方を推進することになるでしょう。
その推進の背景をまとめると、業界全体での長時間労働や成果主義を重視する文化からの脱却を求められたものと云え、次の諸点が挙げられます。
その期待される効果は以下のようなものでしょう。
一方、企業から見て、このような働き方改革を実現するための具体策とはどのようなものなのでしょうか?
ここは多くの証券会社が就職希望者に向けて、大々的にアピールしたい点ですので、個々の会社のホームページをチェックすることにより、容易に浮かび上がってきます。
その中心は「人材教育とスキル・アップ」、「福利厚生」、「資産形成」といった三つのフィールドに分類出来ます。
第一フィールド:人材育成とスキル・アップ
かつては、電話帳とカバンを渡して街に放り出すという、乱暴なオン・ザ・ジョブ・トレーニングとも云えない丁稚奉公が横行しておりましたが、しっかりした教育システムが無い会社に世間の眼は厳しくなるばかりです。
第二フィールド:福利厚生の充実
安心して働ける環境整備と、万一の場合の医療体制、等々。
第三フィールド:資産形成
働きながら資産形成が可能となる体制作り、特に業界一丸となって作り上げた制度的資産形成への参加
「外圧によってしか変化しない社会」、「同調圧力が強く、多様な価値観は認められにくい」、とは、ステレオタイプな日本人論ですが、一方で戦後復興などを見ると、「恐ろしいほどに変わり身が早い」のも日本人の特性の一つでしょう。
ここで議論した、様々な「働き方改革」も、失われた30年を取り戻すための向上策と捉えれば、加速こそすれ失速することはなさそうです。
例えば、大和証券グループ本社のHPを見ると、「女性活躍推進等に関する目標」として、グループ内の大和証券における目標数字を設定し、経営のコミットメントとしております。
2026年度末までの目標(大和証券)
社会的誓約として具体策を掲げ、大きな変化を怯まずにその責任を果たそうとする姿勢は、先進的企業のイメージを高めることに成功しているのではないでしょうか。
証券大手の一角がランキング入りしたのも、そのあたりに理由がありそうです。
<参考>
[2024.12.27 ]
[執筆者プロフィール]
一燈。1980年大手証券会社入社。企業派遣留学として米国でMBA取得。その後、シンガポール・香港駐在を通じアジアビジネスに、 また本社経営企画部門で経営戦略の立案等に関わる。