コラム

「国際金融センター」雑感

国際金融センター

私達が、なにげなく使用している「国際金融センター」という語、実は落語の三題噺のようなモノでしょうか?

金融+センタ-+国際金融=「国際金融センター」

  • 金融:金融機関を軸とするシステム総体
  • 金融センタ―:金融機関等々が集まっている地域
  • 国際金融:国際的な金融取引

1と2合わせて、大手町、兜町、北浜といった地域を思い浮かべていただければ充分ですし、実際にこれらの地域は金融センターです。 問題は3で、国際的な金融取引とは何か?具体的に列挙してみましょう。

  1. 非居住者の資金調達・運用(株式や債券の発行、売り出し等)
  2. 国際的な企業間の吸収・合併(M&A)
  3. 国内市場(オンショア)とは切り離された非居住者銀行取引(オフショア・バンキング)、外貨建ての銀行取引
  4. 国内外の信託財産の受託・運用
  5. その他

要するに、国際的な金融取引とはグローバルな金融機関とグローバルな投資家が集合して行うボーダレスな金融活動のことです。 グローバルな金融機関については銀行、証券会社、信託銀行等々と想像がつくと思われますが、グローバルな投資家とは、なかなか日常生活の中では見え難いですが、まず外為法上の「国内直接投資をする外国投資家」の定義を使って区分してみましょう。

非居住者である個人

  • 外国法令に基づき設立された法人やその他団体
  • 外国法人により議決権の過半数以上を保有されている本邦の会社
  • 非居住者である個人又は外国法人である者が50%以上出資する組合、又は業務執行組合員の過半数を占める組合
  • その他

法律用語でなかなかに分かりにくいので、具体的に翻訳してみると下記のようになります。

  • 日本以外の国・地域に居住する個人(日本国籍を有する者も含む)
  • 華僑の富裕層や村上世彰などの個人
  • 外国で設立された法人やファンド、外国に主な事務所を有する法人 その背景には年金や国家レベルの運用資金(いわゆるソブリン・ウェルス・ファンド)が存在します。
  • 外国法人の本邦における100%子会社
  • 外国法人が50%以上出資する投資ファンド等


(財務省作成資料)

このようなグローバルな投資家と、資金を必要としている国家、公共機関、企業、等々の間を金融機関が取り持つ仕事が「国際金融」と言えます。 さて、こういった金融取引を実行するには金融機関以外にも、下記のような組織が必要です。

  • 国際金融に精通した法律事務所
  • 国際会計ルールに精通した会計事務所
  • 租税、市場調査等々の各種コンサルタント
  • 高度にプロフェッショナルな行政当局
  • 国際的に透明性を保つ紛争解決機関

それでは、このような組織や金融機関が、ある特定の地域で維持される条件とは何でしょうか?

  1. 政治的な安定性と国際標準な行政
    多様で高度なプロフェッショナル人材を受け入れるためには、急激な政策変更や恣意的な行政は避けるべきモノです。
  2. 経済的な安定性と持続可能性
    適切で持続的な経済成長と企業収益は、安定的な財政政策の基礎となり、グローバルな金融危機へのショックアブソーバとなります。
  3. 社会の安定性と多様性の受容
    治安の維持に加え、ジェンダーや人種の多様性を当然のことと容認して、それに反する行為や慣習を排除しようとする社会の共通認識は重要です。
  4. コミュニケーションの共通性
    金融取引のあらゆる場面で関係者が共通の言語でコミュニケーションしなければ、機会の喪失や生産性の低下を招きます。それは具体的な言語の問題に加えて、現代的な社会常識や慣習も含まれるでしょう。
  5. 充実した都心インフラ
    空港、道路、鉄道、タクシー等の交通ネットワーク、高度な取引を即時に可能とする通信インフラ、社内イントラを迅速に構築できるオフィス、宿泊施設、コンベンション施設といったビジネス上の必須インフラに加えて、高度プロフェッショナルとその家族を迎える教育、医療、娯楽等の施設も必要とされます。

ここまでが「国際金融センター」成立の必要条件でしょう さらに議論を進めるために、傍らの書籍やネットで「国際金融センター」を調べてみると、ニューヨーク(Wall Street)、ロンドン(City)、フランクフルト、チューリッヒ、香港、シンガポールといった都市が列挙されますが、その形成過程や優位性は各々、異なります。

ニューヨーク

アメリカ合衆国の経済力、政治的な安定性、圧倒的な軍事力を背景とした基軸通貨のドルの威力、ニューヨーク証券取引所やNASDAQなど世界有数の金融市場が、世界中の金融機関や法律・会計事務所を呼び寄せます。

1980年代末に、私はシンガポールで日本株営業に携わっておりましたが、顧客である多くの華僑は決済資金をニューヨークの金融機関から米ドルで振り込んで来て、資産としての米ドルへの信頼を痛感したものです。 ただ、これも私の個人的意見ですが、ニューヨークは国際金融センターである前に、巨大なローカルマーケットかもしれません。

ロンドン

第二次大戦後、冷戦の発生や、米国の国際収支の悪化等々の理由から米国に置かれていた資産が流出する動きとともにユーロ市場が発展しました。 元来、英国は活発な植民地経営に関わっていたことから、国際金融のノウハウがあったことも追い風になったと考えられます。 ロンドンの金融センターとしての特徴は、自国通貨ポンド以外の通貨と、他国資本を中心とした国際金融業務を展開していることで、多国籍な市場参加者を指して「ウインブルドン方式」とも呼ばれます。

香港

旧英国植民地として英国が自由放任主義(レッセフェールlaissez-faire)をその統治方針としたため、自由で規制が少ない金融拠点として各国のアジアビジネスを支え、発展してきました。

また、ロンドン・ニューヨークの間にあるビジネス時間、英国法に依る法体系、英語を標準言語とする社会は、香港の大きな優位点であり、中国の改革開放政策以降は中国ビジネスのゲートウェイとして、さらに重要拠点となりました。

シンガポール

シンガポールのケースは、東京でよく議論される「国際金融センター」が同地をモデルとするようでもあり、私自身も3年ほど駐在していたこともあり、少々、詳しく述べてみたいと思います。

  1. 地理的優位性
    •標準時間は香港に合わせ(UTC+8)、香港同様にロンドン・ニューヨークの間にあるビジネス時間は、金融のつなぎ機能を持つ。
    •ASEANビジネスのゲートウェイ。
  2. 旧英国植民地の優位点
    •中華系、マレー系、インド系等の多民族国家として、英語を公用語とする政策が進められた。
    •植民地時代の基盤となった英国型の法制度、会計制度が英国型金融システムの導入を容易にした。
  3. 明確な国家戦略
    •国家発展に必要な財政資金を外資導入により進めた。
    •上記の目的のため、金融市場の育成と自由化を進め、アジア・ダラーに代表されるオフショア市場設置やアジア初の先物市場開設といった先進的金融政策を進めた。

特に近年は資産運用(Wealth Management)に力を入れており、政府直轄の教育機関やプログラムを設置して人材育成を促進したり、税制面の優遇策から運用会社を誘致したりと、あらゆる方面からアジアの資産運用ビジネスの中心地としようと国を挙げて尽力しております。

10年ほど前に、このあたりのビジネスの状況を調べるため、シンガポールの旧知の法律事務所を訪問したところ、待合室は資産運用会社設立を図る多国籍な訪問客でごった返しておりました。後にも先にも、法律事務所の待合室が顧客で大混雑しているという体験は、この時だけでした。

さて、先に指摘いたしました国際金融センターが維持される条件をシンガポールに当てはめてみましょう。

  1. 政治的な安定性と国際標準な行政
    •人民行動党(PAP)による事実上の一党支配で、時に「明るい北朝鮮」とさえ揶揄される。
    •2022年版のTransparency Interanationalによる腐敗認識指数CORRUPTION PERCEPTIONS INDEXで、シンガポールは世界5位に位置し、不正・腐敗の少なさが際立っている。 https://www.transparency.org/en/cpi/2022
    •ただし、その一方で厳罰主義、罰則国家でもあり、麻薬犯罪などには外国人であっても極刑に処せられる。
  2. 経済的な安定性と持続可能性
    •国際収支・財政収支がほぼ黒字で、金融経済危機に強い。
  3. 社会の安定性と多様性の受容
    •国民皆兵、治安の維持に加え、多民族国家であることから多様性を当然として容認し、それに反する行為は強権をもって排除する。
  4. コミュニケーションの共通性
    •英語が公用語。(公用語は英語、マレー語、中国語、タミル語)
  5. 充実した都心インフラ
    •空港、道路、鉄道、タクシー等の交通ネットワーク。
    •高度な取引を即時に可能とする通信インフラ。
    •社内イントラを迅速に構築できる先進的なオフィス、宿泊施設、コンベンション施設、等々。
    •高度プロフェッショナルとその家族を迎える教育、医療、娯楽、等の施設に加え、メイド等の生活支援システム等の充実。

さらに、シンガポールでは金融政策と資本市場の規制・監督を司る、シンガポール通貨金融庁(Monetary Authority of Singapore、略称MAS)という、大きな権限を持つ当局が見逃せません。

Monetary Authority of Singapore

  1. 1)MASの役割
    • 日本の日本銀行と金融庁、両方の機能を有する。
    • 中央銀行として:
      通貨政策の立案・実行、通貨の発行、外貨準備管理、決裁システム運用、国庫金取り扱い。
    • 監督当局として:
      金融機関を監督し金融の安定化を監視するとともに、国際金融センターとしてのシンガポールの地位を発展させる。
  2. MASの金融・為替政策
    • 為替相場管理と流動性管理が主軸で、金利政策は含まない。輸入依存度が高い国家で、金利より為替の方が物価を調整しやすいため。
    • 通貨バスケット制の採用。複数の通貨を組み合わせシンガポール・ドルの緩やかな上昇を促す。バスケット構成は非公開。
  3. シンガポール・ドルの非国際化政策
    • シンガポール・ドルの相場安定のため、取扱金融機関の制限、国外使用の制限。
  4. 金融セクター発展・人材育成プログラム
    • 金融発展ファンドFinancial Sector Development Fund(2022年現在純資産13億シンガポール・ドル、1,376億円相当)を通じた活動。
    • シンガポールの金融センター化を促進する。
    • 金融部門に必要な能力と専門知識を育成・発展させる。
    • 金融分野に関連した教育研究機関、研究開発プログラム及びプロジェクトの開発・支援する。
    • 金融部門をサポートするインフラを開発する。

このように非常に高度なプロフェッショナル集団ですが、検査の現場などでは、MASの職員は実に丁寧に聴き取り理解しようとする友好的な姿勢に満ちており、他国のような高圧的な姿勢は見受けられません。 また、ほとんどの金融機関がMAS本体の近隣にあるため、公式・非公式に金融機関と友好的なコミュニケーションを重ねながら政策にフィードバックする姿勢は、シンガポール発展の原動力とも思えます。

日本/東京

現在、金融庁が日本の金融センター推進を図る、東京都が国際金融都市を取り戻すと政策発表しております。

https://www.fsa.go.jp/internationalfinancialcenter/
https://www.startupandglobalfinancialcity.metro.tokyo.lg.jp/gfct

前者は資産運用会社の誘致と、岸田政権の目玉政策である資産所得倍増計画を後援する国策とも見えます。 後者、東京都の場合は、シンガポール版国際金融センター推進政策の移植に見えます。

東京都国際金融センター

[参考文献]
一般社団法人日本シンガポール協会 季刊誌「シンガポール」

[ 2023.11 ]

[執筆者プロフィール]
一燈。1980年大手証券会社入社。企業派遣留学として米国でMBA取得。その後、シンガポール・香港駐在を通じアジアビジネスに、 また本社経営企画部門で経営戦略の立案等に関わる。