手口が複雑化・高度化している、マネーロンダリング。規制の強化と並行して、金融機関に対してもより一層の対策や体制整備が求められるようになった。とくに暗号資産業界においては、2023年6月から「トラベルルール」と呼ばれる新しい制度が施行されており、それに伴い各事業者で対応が実施されている。
しかし、日本はFATF(ファトフ)によって「重点フォローアップ国」に認定されているため、今後もマネロンに対してはさらなる対策が必要だ。 そこで本記事では、日本におけるマネロン対策の現状や、2025年に予定されているFATF第5次審査に向けた展望などを解説していく。
他人名義の口座への入金や盗品の売却などを通して、犯罪や不当な取引で得た資金を出所がわからないようにする行為を「マネーロンダリング」と呼ぶ。マネーロンダリングの蔓延は犯罪行為やテロ行為の助長につながるため、国際的に対策の重要性が高まっている。
このマネーロンダリングにおいて中心的な役割を果たすのが「FATF(ファトフ)」だ。FATF は、1989年のアルシュ・サミット経済宣言を受けて設立されたマネーロンダリング対策の国際的な枠組みで、37か国・地域と2地域機関が加盟している。
FATFではマネーロンダリング対策の実効性を世界全体で確保するために、加盟国に対して定期的に法令整備とその有効性に関する審査を行なっている。
審査の評価によって、加盟国は通常フォローアップ国・重点フォローアップ国・監視対象国(グレイ・リスト)の3つに分類されることになるのだが、2021年8月に公表された第4次対日相互審査の結果において、日本は先進国としては不合格を意味する「重点フォローアップ国」として認定されてしまった。
FATF第4次対日相互審査では、従来の40項目の「技術的コンプライアンス審査」に加えて、新たに11項目の「有効性審査」が追加されている。日本は前回審査と比べれば未整備項目は着実に改善されているとの評価を受けており、他の主要国と比較してもさほど見劣りすることはない。
しかし、今回の審査結果において問題視されたのは、新たに追加された有効性審査の項目で非常に厳しい指摘を受けた点だ。「金融機関・DNFBPs(特定非金融業者および職業専門家)の予防措置」や「テロリストの資産凍結」など、11項目のうち8項目が合格水準に達していないと判断された。そこでは、メガバンクにおける取組に対しては一定の評価がされていたものの、地域金融機関や暗号資産業者における理解は限定的とされている。
今回の審査結果を受けて、日本は3年間にわたって指摘事項の改善状況を毎年報告することが義務付けられた。ここで注目したいのは、その指摘事項の中で「優先的に対応すべき事項」として挙げられた以下の項目だ。
これは、マネロン対策に関する金融機関等の実務全体の未整備を指摘されたことを意味している。FATF第4次対日相互審査の結果を受けて、金融機関は実効性のあるマネロン対策を求められるようになった。
第4次FATF審査前後で、新たな法整備やガイドラインに基づく対応が進められている。
2-1:マネロン・テロ資金供与対策に関するガイドラインより実効的な態勢整備を行うべく、2021年5月には、対応が求められる事項について「2024年3月まで」と完了期限が設けられた。
2-2:口座登録法/口座管理法2021年5月に「口座登録法」と「口座管理法」が成立した。これにより、あくまでも任意ではあるものの、保有する複数の預貯金口座へマイナンバーを付番することもできるようになった。つまり、国や自治体によって預金口座の存在が容易に把握できるようになったのだ。制度が浸透していけば、隠し口座のような不透明な資金の流出先の存在は丸裸になる可能性がある。
2-3:トラベルルール2022年12月の法改正、いわゆる「FATF勧告対応法案」の成立を受けて、2023年6月1日から暗号資産に関して「トラベルルール」と呼ばれる新しい規制が導入された。
トラベルルールとは「利用者の依頼を受けて暗号資産の送付を行う暗号資産交換業者は、送付依頼人と受取人に関する一定の事項を、送付先となる受取人側の暗号資産交換業者に通知しなければならない」というルールのこと。このルールによって、テロリストや犯罪者が、電子的な資金移転システムを自由に利用することを防ぎ、さらに不正利用があった場合には追跡することが可能となる。
2025年からは、順次FATF第5次対日相互審査がスタートすることが、金融庁によって公表された。
第5次審査では、方向性や審査方針など枠組みが変更される可能性もある。たとえば、改善のためのより強力でより的を絞った推奨事項(KRA)を提示し、審査結果公表の3年後に改めて対応状況を評価した結果、改善が進んでいない場合には改善対応を政府に約束させるといった仕組みの導入が予定されているようだ。
また、第4次審査で厳しい評価を受けた有効性審査の項目では、金融セクターと非金融ビジネスおよび専門職を別々に評価する形態に変更される等、業態別にマネロン対策の効性が評価されるものと考えられている。
重点フォローアップ国・監視対象国の評価基準も厳しくなるようだ。第4次審査においては「法令等整備状況の未達成項目数8項目以上、または有効性評価の未達成項目数7項目以上」が重点フォローアップ国入りする基準となっていた。しかし、第5次審査では「法令等整備状況の未達成項目数が5項目以上、または有効性評価の未達成項目数が6項目以上」と、ハードルが高くなっている。とくに法令等整備状況については基準がかなり厳しくなるため、有効性審査を重視する傾向に拍車がかかっていくといえるだろう。
仮に審査基準が変更となることに加え、現状からさほど改善が見られない場合でも、日本がグレイリストに入る可能性は低いと予測されている。しかしその場合、通常フォローアップ国への道のりはより遠くなってしまうだろう。
しかし、2023年6月に金融庁が発表した「マネーロンダリング・テロ資金供与・拡散金融対策の現状と課題」によると、3メガバンクではマネーロンダリングへの対応が概ね順調に進んでいるものの、地方銀行や暗号資産業者などにおいては一部で取り組みに遅れが生じている状況だ。
このような状況を踏まえて、金融庁によるターゲット検査も行われ始めており、2023年9月時点では約70件の地方銀行で検査が実施されている。多くの事業者にとって、マネーロンダリングへの対策が急務になっているといえるだろう。
しかし、金融機関によっては限られたコスト・人員で対応しなければならないケースもあるはずだ。加えて、高度化・巧妙化しているマネーロンダリングの手口に対応すべく、継続的に対策レベルを維持・向上させていく必要がある。そのためには、AIなどの最新技術の活用も含め、システム面での対応が不可欠だ。