昨年、2023年の米国株式市場は荒れ模様でした。
コロナ特需の賞味期限は過ぎ、FRB(Federal Reserve Board:連邦準備制度理事会)主導の金融引き締めが急速に進み、3月にはシリコン・バレー・バンクの破綻という要因もあり、悲観的な雰囲気が充満する市場でしたが、Magnificent Seven:M7と称される7社が突出して脚光を浴びました。
投資家の大きな成長期待が寄せられた当該7銘柄に投資資金は集中し、米S&P500種株価指数構成銘柄による時価総額の3割を占めるまでに株価は高騰し、機関投資家も市場に負けまいと買いを入れ、いわば正のスパイラルが出現し、NYダウは年末に向けて大きく上昇しました。
最近では、そのM7からビジネスに暗雲が漂う三社を除いたFabulous Four:Fab 4との呼称も定着しつつあります。
少数企業への取引集中状態を、市場関係者がキャッチ―な呼び方で囃し立てる様は、やはり投資家の眼を少しでも呼び込もうとする業界の性(さが)でしょうか?
GAFA➡Magnificent Seven:M7➡Fabulous Four:Fab 4との変遷、日本語でガーファ➡マグニフィセント・セブン:エム・セブン➡ファビュラ・フォー:ファブ・フォーと口に出してみると、なにやら日本の証券人のセールス・トークも、一段と高度で洒落たものと錯覚しかねません。
しかしながら、一部の新聞・雑誌ではMagnificent Sevenを「神セブン」と、何処かの安手のアイドル・グループを想起させたり、Fab 4をファブ・フォーとだけ記してこちらも韓国のダンス・グループのように記載したりする例も散見されました。
無論、Magnificent Sevenは映画「荒野の七人」、さらにはその原作たる黒澤明の傑作時代劇「七人の侍」を念頭に置いたものですし、Fabulous Four:Fab 4はビートルズの四人を意識したものです。
若い記者諸氏の無知を笑うより、「時代は変る」、The Times They Are a-Changin’ という感慨を深くするばかりの私です。
閑話休題
そんなITやAI企業の話題ばかりに埋もれて、ユニークな企業や知られざる世界企業が隠れているのもアメリカの市場です。
そんな、企業の一社を紹介してみたいと思います。
株価は2020年以降、その位置を大きく変えております。
この間、世界的な人口増、新興国の台頭、地球温暖化の影響、商品市況の高止まり等々の要因から、世界的に食糧問題がクローズアップされ、その需給が国際的に議論されていた時期でもあります。
わが国でも活発な議論が交わされており、その主役たる農林水産省は令和3年(2021年)3月に『世界の食料需給の動向』とする報告を公表しており、その中で供給面での課題として、「収穫面積の増加」と「単収*の増加」の二点を上げております。
(注* 単収とは一定面積当たりの収穫のこと。)
【農林水産省「世界の食料需給の動向」令和3年3月】
その一方で、供給面での問題点として「収穫面積の減少」が上げられおり、目先の食糧供給増には、既存の耕作地で効率的に増産を図るという解が浮かび上がります。
一方、コンサルティング会社、アーテリジェンス社の報告によると、農業を取り巻く環境変遷として次の二点を上げております。
この二つの課題を徹底的に追及して持続的成長を獲得した企業がディア社なのです。
同社は大型農場の中で駆動する自社の農機具に搭載したセンサーで農場、耕作フロント、機械のデータ等々、具体的には土壌分析、耕作の進展具合、局地的な気象情報、機器のメンテナンス情報等々を自動的に収集、クラウドへ自動アップロードしてプラット・フォーム上で管理・分析するというサービスで、農場主が何時でも何処でも農場管理を可能とし、最も効率的な農場運営の方向性を提供します。
また、同じデータを顧客と同社が共有することにより、製品の性能向上ばかりでなく、膨大な農業生産現場のデータが蓄積され、顧客にさらなる最適解を提供することを可能とします。
たとえば穀物の苗を植える際に、その土地で、どの程度の密度で、どのくらいの間隔で植えていくか等々の精緻な耕作プロセスを人口知能:AIで分析して提案させるのです。
AI による分析には、農地や作物、さらにはその土地の天候まで膨大なデータが必要ですが、ディア社はその主力製品である農機具を通じて、世界中の農場現場から、そのデータを蓄積しているのです。
この手法は精密農業(Precision Farming)と呼ばれますが、その定義は、国際的に様々な解釈が存在するようです。
全米研究協議会(United States National Research Council)では「情報を駆使して作物生産にかかわるデータを取得・解析し、要因間の関係性を科学的に解明しながら意思決定を支援する営農戦略体系」としています。
イギリスの英国環境・食料・農村地域省(Department for Environment, Food and Rural Affairs)では「一つの農場内を異なるレベルで管理する栽培管理法」と定義しています。
ちょっと、世界共通な御役所仕事のようで分かりにくい表現ばかりですが、わが国の主要農機具/建機メーカーのクボタが精密農業を、「データを活用することで、肥料、薬剤、水、燃料等のコストを最小化し、収量の最大化を目指す営農技術。加えて、食味や品質向上、トレーサビリティ、ノウハウの伝承、重労働の軽減も叶える」と非常にわかりやすく定義しております。
皆様もワイン生産の現場で、少しだけ離れた農場で出来たブドウから出来上がったワインに大きな差が生まれることもあるという逸話を耳にしたことがあると思います。
それだけ複雑で多様なばらつきのある農場に対して、データ記録に基づく詳細な管理を実施し、土地を傷めずに、収穫と品質の向上および環境負荷軽減などを総合的に達成しようという農場管理手法と言えるでしょう。
従ってディア社は、農機具メーカーでありながら、膨大な一次情報を蓄積してAIを活用し最適解を顧客に提供しつつ、持続可能な企業として、農業の自動化等々に向けて技術革新を進める最先端企業なのです。
農林中金バリューインベストメンツ常務取締役、最高投資責任者:CIOの奥野一成氏はディア社に投資するにあたり下記のような仮説を立てました。
しかしながら、会社訪問時に「精密農業」という言葉が同社のスタッフから頻繁に出されたため、全く違う分野での競争優位性に気付かされたと述べておられます。
このあたり、アメリカの産業界の懐の深さでしょうか?
過去180年以上に渡り、農業機械中心に成長してきたディア社という伝統的企業ですが環境の大きな変化に対応して、さらなる成長を遂げようとしております。
<参考>
[2024.4.19 ]
[執筆者プロフィール]
一燈。1980年大手証券会社入社。企業派遣留学として米国でMBA取得。その後、シンガポール・香港駐在を通じアジアビジネスに、 また本社経営企画部門で経営戦略の立案等に関わる。