風が吹くと砂ぼこりが立ち、砂で目を傷める人が増える。
▼
目を傷めた人は三味線を弾くから、三味線に張る猫の皮が不足する。
▼
猫が不足すればネズミが増えて、あちこちの桶が齧られるから、桶屋が儲かる。
江戸時代の浮世草子が元ネタと伝えられますが、毎度のことながら先人の知恵には感服するばかりです。
最近では、NHKでも*“蝶の羽ばたきが、巡り巡って竜巻を起こす”という意味で、バタフライ・エフェクト(Butterfly Effect)なる小洒落た英語を使っておりますが、意味は同じようなものです。
(*NHKホームページより)
本稿のテーマである地政学的リスクも、実はこのような不確実性の下に発生する事象の連鎖効果と言えるかもしれません。
ある特定の地域が抱える政治的・軍事的な緊張の高まりが、地理的な位置関係により、その特定地域の経済、もしくは世界経済全体の先行きを不透明にするリスクのこと。地政学的リスクが高まれば、地域紛争やテロへの懸念などにより、原油価格など商品市況の高騰、為替通貨の乱高下を招き、企業の投資活動や個人の消費者心理に悪影響を与える可能性がある。
【出典:野村證券、証券用語解説集より】
兜町の古老から聞いた相場格言に「遠くの戦争は買い、近くの戦争は売り」というものもありました。
その古老が回想するのは、1950年に朝鮮半島で勃発した朝鮮戦争による物資・サービス需要が巻き起こした大相場でした。
さて、いろいろな地政学的事象が日本の経済や金融市場に与える影響は、概ね以下の四点にまとめられます。
さて、上記四点は一般的な地政学リスクを網羅的にまとめたものですが、より具体的に2024年のグローバルな政学的リスクはどこにあるのでしょうか?
1998年に設立された、地政学的リスクを専門に扱うコンサルティングファーム、ユーラシア・グループ(Eurasia Group)は毎年、その年の10大リスクを発表しております。
2024年版の冒頭、本年の大きな課題として三つの局地的紛争を挙げ、その問題点を整理しています。
以上の三つの争いを、先の「地政学的事象が日本の金融市場に与える影響」四点に当てはめると、こんな結論が導かれます。
こんな影響が考えられますが、具体的な紛争ではなく、一国の政策から地政学的リスクが浮かび上がるケースもあります。
今年に入ってからの急激なドル円相場の変動には、日米の景気動向や金利差などで説明する市場関係者が大多数ですが、その動きを地政学的に説明しようとする方もいらっしゃいます。
株式会社 武者リサーチ代表の武者陵司氏は、そのレポートで円安の原因は地政学的リスクにありと指摘されております。
この円先安観はどこから来ているのだろうか。それは地政学、米当局の意志としか考えられない。昨年6月、11月の米財務省による為替監視リスト(中国、ドイツ、マレーシア、シンガポール、台湾、ベトナム)から、対米貿易黒字第5位の日本が外れた。中国・台湾・韓国という地政学的危険地帯に集中しているハイテク製造業の産業集積を安全な日本に移転するしかない、という覇権国米国の国家戦略遂行の手段が、この超円安の背骨にあると考えざるを得ない。
【武者リサーチ2024年05月14日附 ストラテジーブレティン 第353号】
世界的なサプライ・チェーンからの中国排除という米国の政策に伴い、東アジアにおけるハイテク製造業のハブを中国、韓国、台湾から日本に戻すための円安進行というシナリオは、現時点では肝心要の日本における半導体産業の定着や発展が不透明なものの、なかなかに説得力ある論説で興味深いものです。
地政学的リスクの金融市場への影響は、ある程度パターン化しているものもあり、それに対する反論も多数見られます。
例えば、安全資産としての円という前提に疑問を呈する経済の専門家は多数いらっしゃいますし、過去の円高過程で、多くの日本の製造業は海外での生産設備増強で対応力を強化してきたはずです。
それにも関わらず、短期的に金融市場は、あるパターンで動くという前提を念頭に置いておくべきでしょう。
しかしながら、地政学な分析に留意して長期的な視点を得るならば、短期的なショックに動揺して判断を誤るような事態は避けることが出来ます。
そのような地政学的知見を身に着けるためには、日本だけでなく、海外のメディアや外国政府の動向に注視する必要もありますが、限られた時間や言語の問題で、なかなか難しいかもしれません。
それでも、地政学的考え方を身に着けようとする訓練は、金融市場に関わる方々には必須とも言えます。
こんな書籍から始めてみては如何でしょうか?
「13歳からの地政学―カイゾクとの地球儀航海
/田中 孝幸(著)」
本書では米国の地政学的優位性につき、こんな指摘をしております。
● 世界の貿易はほとんどが海を経由し、海を支配する米国が世界の仕切役になっている。このため米ドルが世界中の貿易の大半で使われる。
● 米国は自国通貨で物を買うことが出来るので、豊かになっている。
● 米国が超大国になったのは地理的条件に恵まれている事が大きい。
“13歳からの”と銘打つ本書ですが、20歳でも40歳でも60歳でも地政学的な考察に触れる機会を与えてくれる良書です。
「危機の地政学/イアン・ブレマー (著)」
著者のスタンスは、混迷する世界情勢の中で如何に最適解を求め国際協調を探るかというもので、米国というグローバルな盟主なき世界で、先進諸国が経済支援も含め諸々協調し、危機に対応すべきという主張です。
<参考>
[2024.5.21 ]
[執筆者プロフィール]
一燈。1980年大手証券会社入社。企業派遣留学として米国でMBA取得。その後、シンガポール・香港駐在を通じアジアビジネスに、 また本社経営企画部門で経営戦略の立案等に関わる。