戦後、取引所再開後の外国投資家による日本株買いの歴史は、日本の経済成長、金融自由化、世界経済の動向などの影響を受け、いくつかの大きな転機を経て進展してきました。
さて、1980年4月、この世界に身を投じた私は地方支店勤務、海外留学を経て、1987年、ようやくシンガポールの地に赴任いたしますが、個人的に80年代の海外投資家をめぐる動きで記憶に残っているのは下記の三点です。
オイルマネー、ソブリン・ウェルス・ファンド等々、想像がつかないほどの、新しい巨額のお金が世界を駆け巡っている事実に、日本市場は湧きました。
例えば、当時のOPEC傘下の運用資金は2,360億米ドル、同時期の為替レート240円/米ドルからみると57兆円、それは1980年末における東証一部の時価総額732億円と比較すると、いつでも全ての日本企業を支配できるだけの気の遠くなるような巨額の資金でした。このような外部環境から、1980年代には証券大手を先頭として、その国際業務を急拡大させて行きます。
その熱気は証券大手各社の社史にも記録が残されており、現在でも、追体験できるようです。
アジア地域、主力の拠点は香港・シンガポールという二大国際金融都市ですが、当時の日系証券会社が携わった業務は、簡単にまとめてみると、次のように区分できます。
現地で発行された各種証券を日本国内の投資家に販売する輸入業務
シンガポールでは1984年に開設されたSIMEX:Singapore International Monetary Exchange、シンガポール国際金融取引所で取引される日経平均先物や金利先物が日本の機関投資家の需要に応えました。日系の大手証券は香港、シンガポールで銀行業務の免許を保有しておりました。香港では預金、為替、融資のフルライセンスを、シンガポールでは現地通貨シンガポール・ドル以外のオフショア取引、ACU(Asia Currency Unit)と呼ばれる非居住者外貨資金勘定を認可されていました。
銀行業務により、現地投資家が保有する投資口座の滞留資金に金利付与、信用取引の融資が可能となりました。実際には80年代の日系証券の収益構造は圧倒的に輸出業に傾斜しておりましたが、1980年代後半から1990年代にかけて、日本の投資家によるアジア新興市場への注目が集まりました。
日本経済が成熟する中で、東南アジア諸国の急成長、低賃金労働力の活用、経済のグローバル化の恩恵を受け成長の余地が大きいアジアの新興市場へ関心が高まったのです。
しかしながら、1997年のアジア通貨危機により、多くの投資が影響を受け、ブームは一時的に後退しましたが、アジア市場の成長ポテンシャルは高く、現在も多くの投資が続いています。
どちらも赴任時の印象で、典型的な東南アジアの都市の様子ですが、現在とは隔世の感があります。
赴任時はアジア経済危機以前でしたので、どちらの都市でも日本の金融機関は、長信銀、都市銀行、信託銀行、地方銀行、大手証券会社、中堅証券会社等々、ひしめき合うような状況でした。
その駐在員各位と顧客先、監督官庁、弁護士事務所、会計事務所、さらには接待先の夜の街でと顔をあわせるわけですので、情報収集には細心の注意を払いました。
また、当時は外資への門戸が開かれていなかった近隣諸国、インドネシア、マレーシア、フィリピン等々の顧客開拓にあたっても、競合他社とぶつかり合ったものです。
そんな中で面談する中華系投資家の行動で記憶に残るものが彼らの米ドル信仰でした。日本株の売買決済は当然、日本円で執行されますが、彼らは多くの場合、欧米の銀行から米ドルで資金を振り込んで来ました。
業者としては為替スプレッドも抜けるので有難い事ですが、彼らにその意図を聞いてみると、いざというときに信頼できる通貨で資産を保全したいので米ドルを選ぶ、どのような国で投資機会が発生しても米ドルなら迅速に投資が出来る、米ドルならば決済の事故の可能性が少ない、と即座に披露してくれたものです。
東南アジアの華僑系投資家は第二次世界大戦前後に故郷を後にし、親戚や同郷者の暮らす国に落ち着き、日系企業のエージェントや日系商社との取引で財産を築いた方々も多く、その情報収集力もさることながら、投資決断も素早いものでした。国を出た後の苦労話、さまざまな冒険譚、移住先での政治的迫害等のお話を伺えば伺うほど、その米ドル信仰の強さが浮かび上がってきたものです。
1990年代には、そろそろ世代交代の時期にあたり、華僑二世の方々ともお話しする機会も増え、欧米で教育を受けたこの世代の、日本人とは異なるグローバルな視点に驚かされたのも強く記憶に残るものです。
<参考>
[2024.10.31 ]
[執筆者プロフィール]
一燈。1980年大手証券会社入社。企業派遣留学として米国でMBA取得。その後、シンガポール・香港駐在を通じアジアビジネスに、 また本社経営企画部門で経営戦略の立案等に関わる。