コラム

「東京一極集中」は終わるのか



目次
序 「東京一極集中」は悪なのか?

序 : 「東京一極集中」は悪なのか?

副首都法案が国会論戦の的となったこともあり。この言葉は、もはや日本では疑う余地のない「常識」と化しているのかもしれません。

地方創生を掲げる政治家はもちろん、地方自治体の首長、経済評論家、新聞の社説、テレビの討論番組に至るまで、異口同音に「東京一極集中」の是正を声高に語ります。

地方から若者が流出する、商店街はシャッターを下ろし、学校は統廃合され、鉄道や路線バスは維持できなくなる、一方、東京では超高層ビルが建ち並び、マンション価格は上昇を続ける。

この対照的な風景を見れば、東京だけが豊かに繫栄し地方は衰退するという印象を抱くのも無理はないことでしょう。

しかし、証券人として市場を見続けてきた者には、どうしても引っ掛かることがあります。

市場には一つの鉄則があり、それは、資本は最も効率よく利益を生み出す場所へ流れるということです。

株価は政治家の願望では動かない、債券市場も世論では動かない、不動産価格も期待だけでは上昇しない、すべては資本の論理によって決まるものなのです。

東京は人が集まったから発展したのではなく、資本が集まり、その資本を追って企業が集まり、企業を追って人が集まったのです。

丸の内に企業の本社が集まり、日本橋に金融機関が集まり、大手町に資産運用会社が集まり、その結果として人が集まったのです。

さて、経営効率を上げるために「選択と集中」というスローガンを掲げる企業が多い中、都市機能にもこの方針を当てはめるとすると、そのAdvantage:有利な点、Disadvantage:不都合な点を簡単にまとめるとこんなようになります。

  Advantage:有利な点 Disadvantage:不都合な点
経済 生産性・効率性の向上 地方経済の衰退
人材 優秀な人材が集積 地方からの人材流出
企業 本社・金融機能の集中 地域企業の空洞化
インフラ 世界水準の利便性 災害リスクの集中
生活 文化・医療・教育が充実 住宅高騰・通勤混雑
行政 政策決定が迅速 首都機能停止リスク
国家戦略 国際競争力を維持 地方創生不発

この表を見てみると、「東京一極集中」の解消という課題よりも、一極集中に伴う各種リスクや不都合点の解消を個別に対応する方が、現在の優位性を維持できると考えられます。

まして、IT技術の進歩や法的枠組みの変更が多くのリスクを解消できる可能性もあります。

重要な点は「東京一極集中」とは、市場が効率を求めた結果であり、都市計画の成功ではないからです。

企業は情報を求める、投資家は流動性を求める、優秀な人材は挑戦の機会を求める、その結果として東京に集積が生まれたもので、市場が選択した結果なのです。

その前提で、金融人として「東京一極集中」を分析してみたいと思います

Ⅰ :資本は都市を選ぶ

1. 国際競争
都市は国家の顔でもあり、市場は都市を選び、最後には人口動態が都市を選別することになります。

従って、「東京一極集中」という語で東京vs地方という構造の中で議論することは意味が無いかもしれません。

東京が競争している相手は、地方都市ではなく、ニューヨークであり、ロンドンであり、香港であり、シンガポールであり、ドバイであるのです。

ニューヨークはチャンスを提供し、ロンドンは金融規制を見直し、香港は中国のゲートウエイとして、シンガポールは税制を整え、ドバイは富裕層を呼び込み、東京だけが「縮小」を目指して勝てるほど、世界は甘くないのです。

日本国内だけでなく、世界中から東京に集まる資本は、日本国内で移動するとは限らず、魅力ある市場を求めて、国境を越えていく、もし東京の魅力が低下すれば、その資本は地方へ向かう前に海外へ流れる可能性が高いのです。

ですから、≪東京の成長を減じて地方を強くする≫という発想は、市場の現実とは異なるものでしょう。

2. 地方創成
地方創生は必要ですが、東京の競争力を削ぐことによって実現するものではありません。

少々刺激的な物言いですが、40年以上証券市場に身を寄せてきた身としては資本市場としての東京を中心に据えると、日本の地域政策を眺めていると、どうしても違和感を覚えることがあります。

単純な図式では、≪東京には資本が集まる≫プラス≪地方には予算が配分される≫ということになるのでしょうか。

市場経済は、自ら収益を生む場所へ資本を集中させる、一方、行政は地域間格差を埋めるため、税金を再配分する、どちらも必要な仕組みでしょう。

しかし、この二つは似て非なるものなのです。

市場⇒将来の利益に投資する
行政⇒現在の格差を是正する

証券人は、この違いを本能的に理解しているものなのです。

株式市場で利益を得る企業へ資金が集まるように、都市にも利益を生み出す機能が集積します。

そこへ企業本社が集まり、金融機関が集まり、弁護士、会計士、コンサルタント、IT企業が続く、こうして都市が自己増殖を始めるのです。

東京の発展は、誰かが意図して設計したというより、市場経済が選択した結果なのです。

3. 本社が東京を離れない理由
地方創生の議論になると、「企業本社を地方へ移せばよい」という意見が必ず出てきます。

確かに、一部企業では研究所や工場、バックオフィス、データセンターを地方へ移転する動きは続いています。

しかしながら、本社機能だけは簡単には移らないものです。

理由は極めて単純で、本社機能とは「モノを作ること」ではなく、「意思決定をすること」だからです。

経営会議、金融機関との交渉、機関投資家との面談、監査法人との打ち合わせ、官公庁との折衝、M&A、IR・・・これらの活動は全て情報アクセスが重要になります。

情報はネットで手に入る時代になったと言われますが、本当に重要な情報は、人と人との対話の中から生まれるものではないでしょうか。

丸の内、大手町、日本橋、霞が関、虎ノ門、数キロ四方の中で、日本経済の重要な意思決定の多くが日々行われている・・・これが「集積の経済」の本質でしょう。

Ⅱ :東京が持つ三つの強みと諸々の弱み

それでも東京は、世界の金融都市と比べてなお大きな優位性を持っています。

1. 市場規模
日本は世界有数の経済大国であり、東京には巨大な株式市場、債券市場、資産運用市場が存在します。

さらに、家計金融資産、年金資産、保険資産、企業の内部留保といったぶ厚い国内資本基盤を持つ都市は多くありません。

2. 政治・法制度の安定性
長期契約が尊重され、所有権が保護される、投資家にとり、これは収益率と同等、あるいはそれ以上に重要な条件です。

3. 人材の集積
金融機関に加え、法律事務所、監査法人、コンサルティング会社、IT企業、大学、研究機関等々、資本市場を支える知的インフラが東京には集積しています。

しかしながら、東京には弱点や課題もあります。

  • 英語対応の遅れ
  • 複雑な税制
  • 硬直的な規制
  • 海外人材の受け入れ環境
  • スタートアップへの資金供。

世界の金融都市ランキングを見ても、東京は常に上位ではあるものの、ニューヨークやロンドンに迫る勢いを維持するには、不断の改革が欠かせないのではないでしょうか。

Ⅲ :証券人が見る「東京」

1. 資本市場の姿
東京証券取引所が屹立する日本橋兜町、金融機関が集中する大手町、企業の本社が集まる丸の内。・・・特に証券会社が軒を連ねていた兜町は、日本資本市場の象徴でした。

電子取引が主流となり、株式市場はオンライン化し、投資家との会話もWeb会議で済む現在でも、東京の象徴性は失われていないようです。。

海外ファンドが日本へ参入すれば、まず東京に拠点を置きます。

企業経営者に会える、官庁に近い、法律事務所がある、監査法人がある、アナリストがいる、そして何より、日本最大の投資家がいる。

資本市場とは、単なる売買システムではなく、人と情報と信頼のネットワークなのです。

2. 東京の地価は高すぎる?
新聞には、「東京のマンション価格が最高値を更新」という見出しが並びます。

無論、価格上昇が所得の伸びを上回れば警戒は必要でしょう。

しかし、証券人の視点では別の見方もできるのではないでしょうか

株価が上昇する理由は、企業の将来利益への期待であるとすれば、不動産価格は何を織り込むのでしょうか。

それは、その土地が将来どれだけ収益を生み出すかという期待です。

オフィスビルは賃料を生む、商業施設は売上を生む、ホテルは宿泊需要を取り込む、物流施設は電子商取引:e-commerce 市場の拡大を映します。

つまり、不動産価格は単なる「土地の値段」ではなく、将来のキャッシュフローを現在価値へ割り引いた金融商品の価格なのです。

この視点に立てば、東京の不動産市場は株式市場や債券市場と同じく、資本市場の一部として、不動産もまた株式や債券と同じ金融商品として映るはずです。

3. REITが変えた「土地」の意味
かつて不動産投資は、一部の富裕層や企業だけの世界でした。

しかし、J-REITの誕生によって、不動産は証券化され、多くの投資家が参加できる市場へと変貌しました。

ビル一棟を買わなくても、証券会社の口座で数万円、数十万円からオフィスビルや商業施設、物流施設に投資できる、この革命的な変化は、不動産市場の流動性を高め、世界中の資金が流入・流出する市場となりました。

東京の大型オフィスビルが売買されるとき、その買い手が必ずしも日本企業とは限らない、シンガポールの政府系ファンドかもしれない、カナダの年金基金かもしれない、米国のプライベート・エクイティ・ファンドかもしれない・・・東京の地価は、もはや日本国内だけで決まる市場ではないのです。

4. 富裕層は「街」ではなく「制度」を買う
東京の高級マンション市場を見ていると、しばしば「外国人が買っている」という話題になります。

しかし、外国の富裕層が日本の不動産を購入する根拠は、単に眺望の良い部屋ではなく、その国の制度であるはずです。

所有権は守られるか、契約は確実に履行されるか、政治は安定しているか、インフラは信頼できるか、税制は予見可能か・・・これらを総合的に評価した結果として、不動産への投資が決まる。

その意味で、不動産市場は経済だけではなく、「国家への信任投票」でもあるかもしれません。

Ⅳ :東京は勝者なのか

ここまで、「結局、東京は盤石だ」という印象を持たれるかもしれません。

しかし、東京には、市場では克服できない重要な懸念があります。

人口減少です。

戦後、一貫して地方から人が流入して来た東京は、成長し続けました。

だが、地方そのものの人口が減り始めた今、その成長モデルは転換点を迎えています。

市場は万能ではなく、資本は人口を生み出せません。

日本は二十一世紀に入り、本格的な人口減少社会へ足を踏み入れ、
かつて1億2万人を超えていた人口は、今後数十年にわたり減少が続くと見込まれています。

出生数は減り、高齢化は進む・・・これは景気循環ではなく、構造変化なのです。

東京もまた、日本という人口構造の変化から逃れることはできないのです。

また、リモートワークの普及、AIの導入、人口構造の変化によって、オフィス需要も住宅需要も変化していく、不動産市場は、人口減少を織り込み始める・・・そのとき問われるのは、「東京だから安全」という神話ではありません。

証券人にとって、どの資産が人口減少社会でも価値を保てるかという重要なテーマに直面します。

東京は当面、日本の首都であり続け、国際金融都市としての役割も当面は変わらないでしょう。

だが、「人口が増え続ける都市」という神話は、いずれ修正を迫られます。

衰退する地方の未来は、やがて東京の未来でもあるのでしょう。
流れを総合的に見ることが、これからの証券人に求められる。

結び :「東京一極集中」は終わるのか

結論は終わらないでしょう。

ただし、従来のような意味での一極集中とは異なる様相を呈することでしょう。

そこに、証券人の担うべき仕事が生まれるように考えられます。

人口減少社会で≪資本を育てる≫決意が必要とさます。

人口は減る、地方も縮小する、東京も成熟する、しかしながらそれと同等に資本が減るとは限りません。

知財は増やせる、技術は育てられる、企業は世界へ挑戦できる、そして金融は、その挑戦を支えることができる。

東京一極集中が終わるかどうかを論じるよりも、日本が世界から選ばれる市場であり続けることが重要でしょう。

昭和の証券人は内外に株を売り、平成には株式市場が振るわない中で新しい商品を提案し、令和には資産配分を考えるようになりました。

では、これからの証券人は何を提供するのでしょうか。

それは、「世界を見る視点」ではないでしょうか。

世界の資本がどこへ向かい、どの都市を選び、どの産業を育てようとしているのか、その流れを発見し顧客に伝える・・・それが、これからの金融人に求められる役割ではないでしょうか。

<参考>

  • 金融庁
  • 国勢調査
  • 日本取引所グループ
  • 日本証券業協会
  • 日本経済新聞、産経新聞
  • 野村証券

[ 2026.08.24 ]

[執筆者プロフィール]
一燈。1980年大手証券会社入社。企業派遣留学として米国でMBA取得。その後、シンガポール・香港駐在を通じアジアビジネスに、 また本社経営企画部門で経営戦略の立案等に関わる。