2023年に放映送されたテレビドラマ『ブラッシュアップライフ』、突飛な設定ながらユーモラスな内容で話題を集めておりました。
主人公は地方都市の市役所に勤務する女性ですが、交通事故に遭遇し33歳の若さで亡くなってしまいます。
死後の世界の受付係(!)から、来世はオオアリクイに生まれ変わると告げられショックを受ける主人公ですが、今世をやり直すことも可能だと知らされ、ゼロから人生を再スタートする選択をします。
2周目の人生では、前世の経験値を駆使して、1周目より優秀な成績を獲得し、薬剤師に成長します。
主人公は同じような不慮の事故により人生を何度もやり直しますが、3周目の人生ではテレビ局員、4週目では研究医、5周目ではパイロットと、異なるキャリアを生きることになります
無論、現実の世界ではありえない夢物語ですが、あの時、勉強しておけば良かった、もう少し踏ん張っても良かったと云う人生上の悔いは、どのような方にもあるものではないでしょうか?
今回のコラムでは、自分の人生 My Life では不可能でも、若い証券人の人生 Your Life のブラッシュアップに資する書籍をいくつか紹介したいと思います
証券人として、現代株式市場の 本質:Principle を理解しておくことは、キャリア形成の土台を築くことです。
バートン・マルキール著
Burton G. Malkiel
まず投資とは何か?本書の中で明確に定義されております。
配当や金利、賃貸料など、かなり確実性の高い収入の形で利益を上げること、および長期間保有して値上がり益を得ることを目的とした金融資産の購入で、少なくともインフレ率と同じだけリターンを上げ続けなくてはならない
しかしながら、投資家がそのような金融資産を市場から見つけるためには、さまざまな困難が存在し、著者は下記のように結論付けます。
その根拠は現代ファイナンス理論の主力「効率的市場仮説(Efficient Market Hypothesis)」にあり、市場はすべての利用可能な情報を即座に反映して価格は常に公正であるとすれば、どのような予測も実効性が低いとされます。
これをベースに著者は、個別株の短期売買よりもインデックス投資の有効性を説きます。
個人投資家にとっては、個々の株式を売買したり、プロのファンド・マネージャーが運用する投資信託に投資するよりも、ただインデックス・ファンドを買ってじっと持っている方が遥かに良い結果を生む
チャールズ・エリス(著)
D. Ellis
現在、原著第8版を底本した新訳が紹介されておりますが、1985年の初版発表時と比べて大きな環境変化は、金融工学の発展によりインデックス投資が大衆化された点にあるでしょう。
また、著者が初版から主張する『自身の家計を管理し、人生の節目の必要資金や事故・病気で倒れた際の生活資金を担保し、目の前の仕事の報酬が最大化するよう努力し、余裕があれば投資せよ』という提言は、ひとつの“大人のたしなみ”とも響き、本書が30年以上に渡り読み継がれているポイントでしょう。
著者が個人の責任として挙げている事項には、住宅の購入・子供の教育・老後の生活費用・災害などへの備え・自分の学んだ学校への寄付等々があり、どれも極めて身近で頭を悩ます事項ばかりですが、それらの課題に一つ一つ解決策を与えるものではなく、あくまで自分自身で意識すべしという論調です。
自分自身の人生は自分で管理せよという、いかにも米国的な独立独歩の勧めですが、日本人が現在置かれている状況は同じようなものです。
本書の要点は、「ウォール街のランダム・ウォーカー」と共通する点も多いのですが、以下のようにまとめられます。
投資の世界における一般的な誤解を明確にし、市場平均を上回ることの難しさとインデックス投資の優位性を合理的に説明しています。
木村 剛 (著)
令和元年6月3日附で発表された金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」が大変な波紋を引き起こしたのは記憶に新しいところです。
「老後資金の2,000万円不足」といった点ばかりが大々的に取り上げられましたが、実は長期の資産形成を通じて自分の身は自分で守れ!という提言でした。
「国が君のために何ができるかを問うなかれ、君が国のために何ができるかを問え。Ask not what your country can do for you. Ask what you can do for your country.」と述べた米国第35代大統領ジョン・F・ケネディの演説とは大違いですが、我が国では大騒ぎになるのも至極当然だったかもしれません。
その報告書の概要に「ライフステージ別の留意点」とあり、現役時代に留意すべき三点が挙げられております。
では、個人投資家は、現代の混乱する世界で自分を護りながら、そんな留意点を解決するために、どのような指南書を紐解けば良いのでしょうか?
米国では、国民性か(?)、先に挙げました二冊も含め、引退後の人生を謳歌するための投資戦略という趣旨の優れた解説書が投資教育や資産運用の現場でいくつか挙げられております。
私はそのような書籍のエッセンスは次の三点と考えます。
本書は2001年に発表された後、改訂版、2008年版、2010年版と版を重ねてまいりました。
しかしながら、著者の木村剛氏が日本振興銀行事件に関与したことにより有罪判決を受け、また版元であるナレッジフォア社も2013年に倒産したため、本書は、いわば”まぼろしの投資指南書”となってしまいました。
ただ、最も直近の発刊である「投資戦略の発想法 2010」でも、投資に関する記述は効率的市場仮説に立ちながら、≪資産を5つの分野に分散投資する≫ とか ≪自分の働きたい会社を20社選んでみよう≫といった古臭い提言が見られたり、市場指数への投資についての言及はありません。
それでも、「ウォール街のランダム・ウォーカー」と「敗者のゲーム」のエッセンスを日本語に整理した書と言えそうです。
近年、証券人として身に着けなければならない 能力や技能:Skills は、以前に比べて格段に幅広く、かつ高度なものとなっております。
財務諸表を読みこなす簿記の知識、統計学を理解するための数学の素養、海外の情報を読みこなす英語力等々は、企業によっては社員教育の一環として、鍛錬の場を設ける企業もあるのではないでしょうか。
ここでは、それ以外に証券人として意識しておくべき、分野として、金利と決済について注目してみたいと思います。
上野 泰也(著)
1980年代以降の金融工学の発展により、金融商品が金利を変数として組成され、金利を媒介として金融商品同士が交互に結びつけられるようになりました。
一方、企業の経営戦略、特に投資の可否を判定するにあたり、その投資が産む将来収益の現在価値を図る方策として金利による算定、いわゆるディスカウント・キャッシュ・フロー方式:Discount Cash Flowが常識となりました。
ここに、企業の資本戦略に際し、証券人と企業人の間で、同じ言葉:Lingoで、精緻な議論ができる土壌が築かれたのです。
また、現代の株式市場でも‟金利”は重要なファクターであり、個人の投資行動においても常に気を配るべきものでしょう。
その意味では、金利に関する解説書は書店に氾濫しておりますが、本書は金利の複雑な世界を平易に解説しているものです。
実際の金利をめぐる金融市場の現場を解説した書には「東京マネー・マーケット/東短リサーチ 加藤 出(編集)」と云う好著もありますが、こちらは少々、専門的な解説書です。
東短リサーチ(編)
加藤 出(編集代表)
宿輪 純一
証券人の仕事の一つであるブローカー業務は、お客さまに頂いた売買注文を市場で執行し、売買が成立したらキチンと代金を受けとり、証券を記帳する、これだけの単純な流れですが、そこには多くの決済機関が関与しております。
利害関係者たる金融機関、市場、決済機構が構成する世界は交通、通信、エネルギーに匹敵する巨大なインフラストラクチャーであり、現代を生きる人類の共通財産なのです。
本書はそのような世界中の決済に関わる事象を網羅した入門書で、初心者にも優しく解説されており、目を通して頂くと証券人の仕事に対する理解が深まるのではないでしょうか?
かつて日本経済新聞の4月1日付朝刊には「新入社員諸君」と題した某酒造会社の広告が出稿されるのが恒例でした。
新入社員のみならず、むかし新入社員だった方にも向けられた、社会人としての規範を示すエッセイがその目玉でした。
書き手は“人生の達人”山口 瞳、同氏が逝去されてからは“博奕打ち”伊集院 静が引き継いでおられましたが、残念ながら此の方も鬼籍に入られてしまい、この春の風物詩は途絶えております。
サラリーマン物で世に出た山口瞳と無頼派で鳴らした伊集院静、対照的に見えるお二人ですが、実は山口は「血族」、伊集院は「海峡」と、自身の係累を描いた骨太な長編をものしたという共通項があります。
このお二人には及びもいたしませんが、私自身が若き証券人諸氏に贈りたい書籍、それは安直なハウツー本や薄っぺらい人生論ではなく、読み易く、手元で何度も読み返せるような書籍を、ビジネス上の五つの 秘訣:Tips 毎に選んでみたいと思います。
Tip1山口 瞳 (著)
藤沢 武夫 (著)
岩下 尚史 (著)
北方 謙三 (著)
クリス・ミラー (著), 千葉 敏生 (翻訳)
人間の生体機能を使う活動は、その機能を使わないことや加齢により衰えていくことは理の当然です。
読書習慣も、日常的に怠れば、それに関する機能が衰えるのも、無理はありません。
ニューズウィーク日本版2025年1月21日号に 「My Reading Resolution 日々の筋トレのように読書トレーニングしてみた/アブドラ・シヒバー(米ブラウ大学公衆衛生大学院研究員)」という短い記事が掲載され、その問題点を簡潔にまとめています。
筆者は、読書することに関する各種の研究から、そのメリットをいくつかまとめております。
また、ネット上で文章を読むのは斜め読みに過ぎず、読書に集中し関心を向ける「認知的忍耐力」が低下するとも指摘しております。
そこで筆者は、短時間の運動でも効果があるというフィジカルな能力向上の方法論を用いて、朝と晩に15分ずつ、1日合計30分の読書を自らに課しましたが、その結果、いくつかの事実に気づきます。
情報洪水の現代では、集中力や情報処理能力を維持するのは重要課題であり、毎日の決まった読書は、脳の鋭敏さを保つ最善策だと結論付けています。
日本では文化庁により5年ごとに実施される「国語に関する世論調査」が代表的な国民の読書傾向の調査ですが、直近では23年度の1月から3月にかけて全国の16歳以上の6,000人を対象に調査が実施されました。
その調査によると、1カ月に1冊も本を読まない人が6割を超え、読書離れが急速に進んでいる事実が明らかになっています。
この結果を踏まえると、証券人として多忙な日々を過ごす皆さまですが、読書習慣を維持するという比較優位性だけで、そのキャリアパスにおいて大きな武器を獲得するはずです。
健闘をお祈り申し上げます。
[ 2025.03.27 ]
[執筆者プロフィール]
一燈。1980年大手証券会社入社。企業派遣留学として米国でMBA取得。その後、シンガポール・香港駐在を通じアジアビジネスに、 また本社経営企画部門で経営戦略の立案等に関わる。