コラム

証券系決裁について

証券系決裁について

証券決済

『客の金が入ったのを確認するまでが仕事だ!』

かの怪作劇画「ナニワ金融道」の中で聞かれそうなセリフですが、そうではありません。 1980年代末の東京で、四季報に国債と国際を二枚看板として紹介されていた某大手証券、その檜舞台である国際営業部に所属していた私が再三再四、上司から詰められていた言葉です。

ブローカーである私の立場からは、お客さまに頂いた日本株式の売買注文を本邦の株式市場に流し、売買が成立し、四日後(当時は三営業日後の決済でした)にキチンと代金を頂戴し、あるいは株式をお渡しする、傍からみると、これだけの単純な作業のはずです。 しかしながら、そこには多くの地雷が埋められていたのです。 外為業務自由化以前の時代でしたので、買い方のお客さまには決済用の円を調達していただく必要がありました。 手持ちの円を使う、手持ちの外貨を円に換える、円の借り入れを起こす、手持ちの円建て証券を売る等々、多くの選択肢がありました。 私たちの心配事は、お客様が入手した円が、お客様の東京・ロンドン・ニューヨーク・シンガポール・香港といった金融センターの何処の、どの金融機関にあり、きちんとした支払の指示が出されて、期日までに到着するか、という点にあり、関係者は細心の注意を怠りませんでした。 それでも送金遅延や送金ミスは多発したものです。 一方、商品である株式は決済システムの中で売り手の口座から買い手の口座へ移されることとなります。

このようなお金と証券の流れ、すなわち利害関係者、金融機関、市場、決済機構が構成する世界は、交通、通信、エネルギーに匹敵する巨大なインフラストラクチャーであり、大げさではなく、人類の共通財産なのです。 ただ、この決済機構に対する考え方には地域差があるようです。 アメリカには「参加するために支払う」(pay-to-play)と謂う言葉があります。 アメリカの殆どの銀行は無料で小切手帳を提供していますが、小切手を現金に換える際には手数料がかかることがあります。 「支払う」ための手数料を公然と課すのが普通になっているのも驚く事ではありません。 アメリカの規制当局、政治家、そして一般市民は、歴史的にこのことを快く受け入れてきました。 決済は多数あるビジネスチャンスのひとつとして扱われ、相応の値段がつけられてきたのです。

ヨーロッパでは対照的に「決済は公共事業が担う仕事で低価格あるいは無料で利用できる」と考える傾向があり、EUの規制当局は競争と低価格を促すために介入を繰り返してきました。

日本では従前、どちらかというと欧州型の姿勢でしたが、近年はアメリカ型に移行しつつあるという印象があります。 低金利政策が長引き、金融機関を取り巻く環境が大きく変化したことから、収益機会を多方面に求めざるを得なくなったという事情もがあるのでしょう。

日本の証券系決済

それでは日本における決済システムはどうなっているのでしょうか?

大きく資金決済系と証券決済系の二つに分けられますが、証券の多様さから後者がやや複雑です。 具体的には証券決済では、照合機関、清算機関、証券決済機関、等が介在することによる複雑さでしょう。 その中心で、主にカスタマー。サービスを提供する(株)証券保管振替機構は、そのグループ全体で照合、清算、決済を担う企業です。

証券保管振替機構、通称「ほふり」はそのホームページにおいて、その成り立ちと社会的使命を以下のように示しています。 証券保管振替機構は、「社債、株式等の振替に関する法律」(振替法)に基づく「振替機関」として内閣総理大臣・法務大臣から指定を受け、上場株式のほか、国債を除く公共債、社債、短期社債(いわゆる電子CP)、投資信託など、資本市場(証券市場)における多岐にわたる種類の電子化された有価証券(振替法の適用を受ける有価証券)の振替その他の総合的な証券決済インフラ業務(振替制度の運営等)を行っている我が国唯一の組織です。
当社の社会的な使命は、資本市場の重要な基盤である証券決済インフラとして、その公共的な役割の認識のもと、信頼性、利便性及び効率性の高いサービスを提供することによって、資本市場の機能向上に寄与し、社会の発展に貢献することにあります。その使命を果たすため、当社は、利用者(投資者(個人投資家、機関投資家等)、発行者(事業会社等)、市場仲介者等(証券会社、銀行、取引所、清算機関等)など)の視点に立った不断の改革に取り組んでいます。

同社は、証券会社等から預託された株券等の保管業務のほか、株主が株券等を売買した場合や担保に差し入れた場合に株券そのものの受け渡しをせず、機構や証券会社等に備えられた口座振替による権利処理を行っています。 ただ、その機能については一挙に成立したものではなく、1984年5月15日の振替法の公布、同年12月の財団法人証券保管振替機構発足から、91年10月9日の保管振替事業の一部開始(当初東証上場50銘柄を対象)、92年10月9日の保管振替事業の全面実施まで、関係者の合意形成を得ながらの大事業でした。

それでは、その機能について概略をみてみましょう。

証券取引所市場で株式の売買が成立した場合、購入者は売却者に代金を支払い、売却者は購入者に株式を手渡す必要があります。 これが有名観光地の朝市あたりで、観光客が農家の女性から大根を現金で購入するように、その場での決裁ができれば問題ありません。 しかしながら、膨大な取引が行われる株式市場でそんなことは不可能ですし、非効率極まりなく、さらには公正な価格形成に大きな影響が出ます。 従って、集中管理、集中決済は証券市場にとり、必須の条件なのです。 さて、売買が成立してから決済が行われるまでの流れは、売買、照合、清算、決済の各段階を経ることになります。 一般的に売買機能を担う主体は取引所、清算機能を担う主体を清算機関、決済機能を担う主体を決済機関と呼びます。 現在、清算機関は(株)日本証券クリアリング機構と(株)ほふりクリアリングの二社に加えて、金融商品市場の清算業務を担う(株)金融商品取引所があります。 基本的に顧客取引、カスタマー・サービスを担うのは(株)決済ほふりクリアリングです。同社は(株)証券保管振替機構の子会社です。

売買から決済までは同時には行われません。売買が行われてから決済は通常売買日を含めて3営業日目(T+2)に行われます。 先にも述べましたように、取引所で行われる大量の売買を1件ずつ当事者同士で決済を行うのは不可能です。 そこで、清算機関が株式等の売り方と買方との間で発生した債務を双方から引き受けるとともに、それに対応する債権を取得するという形で、当事者として間に入ります。 同一の決済日、同一証券会社、同一の銘柄の取引は、成立した値段に関係なく、売り買いの株数を相殺して差引き分の株数を計算し、清算機関との間で、株式等の受渡しを行います。 同様に、同一の決済日、同一証券会社の取引について、全ての売り代金と買い代金を相殺して差引きの金額を算出し、その代金の授受を清算機関との間で行います。 証券会社間の株式の受渡しは、証券会社の口座間の振替によって行われます。 具体的には、証券会社が(株)証券保管振替機構に口座を設け、決済を行う清算機関からの指図に基づいて、清算機関の口座と売方及び買方の証券会社の口座の間で、株式の振替が行われ、現金決済については日銀ネットを経由します。

株式電子化(ペーパーレス化)という変革

このような証券決済の世界で大きな変革の契機となったのが「株券電子化」でしょう。

株式の取引等が、より安全かつ迅速に行われることを目的として2004年6月に「株券電子化」(ペーパーレス化)に関する法律が公布されました。 この制度によって、2009年1月5日から、紙に印刷された、全国の各証券取引所に上場している株式会社の株券は無効とされました。

その後、下記の株主の権利は証券保管振替機構と証券会社などの金融機関の口座で電子的に管理されることとなりました。

  • 議決権
    株主総会に参加して議決に加わる権利
  • 利益配当請求権
    配当金などの利益分配を受け取る権利
  • 残余財産分配請求権
    会社の解散などに際しては、残った会社の資産を分配して受け取る権利

よく話題にのぼる株主優待は法的には株主権ではなく企業の株主対策です。 この株券電子化には次のようなメリットがあると考えられます。

  • 管理面
    盗難、紛失、事故(火災等々)の恐れがなくなる。
  • 取引面
    偽造株券が排除される。
  • 手続面
    株券の受け渡しや株券取得の都度、名義書換が不要となる。

余談ですが、そのむかし、総会屋の企業恫喝の手口に「株券を焼くぞ!」というものがあったそうです。いったん焼かれてしまった株券の復権には、裁判所も含めた複雑な手続きが必要で、企業側としては結構なコスト負担になるから、十分な恐喝内容だったわけです。 また、故松方弘樹氏が主演された映画『暴力金脈』(1975年、東映)という作品、主人公は駆け出しの総会屋!彼が狭いアパートの万年床の下に数社の株券を後生大事に「保管」しており、毎朝その株券から数社を選んで発行会社に乗り込み協賛金をせびる姿が時代を感じさせます。

さて、実際に紙に刷られた株券が消滅して、電子化されることにより、決済の効率化が進み、決済期間などは先進国と足並みをそろえております。(国債は米国、英国等と同じT+1、株式も米国、欧州等と同じT+2)

今後の課題

日本の証券決済システムは、関係者の努力によりグローバルスタンダードに並ぶものとなっておりますが、デジタル化が進む情勢の中で、官民での解決が求められる課題もあります。 当然、リスクとコストの削減が実務面で進められるような取り組みである一方、資金洗浄:マネー・ロンダリングや、犯罪集団やテロ組織の排除も課題でしょう。 そのなかで新たな実務慣行の形成や、事務処理のスタンダード化が今後のキーワードと考えられます。

[参考文献]
決済インフラ入門/宿輪純一(著)東洋経済新報社
教養としての決済(The Pay Off)/ゴットフリート・レイブラント (著), ナターシャ・デ・テラン (著), 大久保 彩 (翻訳)

[ 2023.11 ]

[執筆者プロフィール]
一燈。1980年大手証券会社入社。企業派遣留学として米国でMBA取得。その後、シンガポール・香港駐在を通じアジアビジネスに、 また本社経営企画部門で経営戦略の立案等に関わる。