目次
  • 序 氏神さまの御託宣
    1. 2024年の東京株式市場概況
    2. 2024年の出来事、私的回顧から
      ・市場関係者の不正
      ・拡大するグローバル投資資金の流入
      ・アメリカ一人勝ち
      ・東証の位置は?
    3. まとめ 氏神さまの御託宣は?

    序 氏神さまの御託宣

    私の年末年始の決まり事は、「紅白歌合戦」を鑑賞し、「ゆく年くる年」で新年を迎え、おもむろに初詣に繰り出すというものです。

    “歌は世につれ”という先人の知恵どおり、四時間ほどの間に一年の世相を振り返り、日本各地の厳かな表情に身の引き締まるような感慨を覚えつつダウンジャケットを羽織り、御町内の氏神さまをお祀りする神社へと向かいます。

    当地の御祭神は毘沙門さまで、五穀豊穣、商売繁盛、家内安全、長命長寿、立身出世といった、現世利益を授ける七福神の一柱として信仰されております。

    それに加えて、毘沙門さまは江戸時代以降、特に勝負事に利益ありとして崇められたため、この神社も株式等の市場関係者の信仰を集める、密かなパワースポットなのです。

    例年、お参り後に御神籤(おみくじ)を引き、新年の吉凶に対する御神託を伺うのも習慣ですが、こちらでは毘沙門さまらしく、御神籤にも、願望、待ち人、恋愛、家庭などの項目の最後に相場(賭)という一項があります。

    昨年2024年元旦にはこんなお言葉を頂戴しました。

    【運勢 吉】
    相場(賭) 油断すると不利になる

    では、実際に2024年はどのような年だったのか振り返ってみましょう。

    Ⅰ.2024年の東京株式市場概況

    日本経済新聞をはじめとする各種報道機関が発表した通年の回顧を月次ごとにまとめると、下記のようになります。

    1月
    • 新NISA(少額投資非課税制度)の開始に伴い、個人投資家の参入が増加
    • 世界的なAIブームを背景に、半導体関連株が相場を押し上げ
    2月
    • 22日、日経平均株価が1989年以来約34年ぶりに史上最高値を更新、終値3万9,098円68銭
    3月
    • AI関連銘柄の上昇が加速し、日経平均はザラバで、一時4万1,000円台
    • 日本銀行によるマイナス金利解除決定
    4月
    • 新年度入りに伴い、機関投資家のリバランス等を吸収、国内経済の回復期待が高まり、株価は3万円台後半を値固め
    5月
    • 米国の金融政策に対する不透明感が再燃、為替市場での円高傾向も影響して、輸出関連株を中心に売り優勢となり、3万8,000円台の攻防
    6月
    • 国内外の経済指標が堅調な結果を示し投資家心理が改善、日経平均株価は上昇し月間を通じて堅調な推移、4万円台をうかがう
    7月
    • 米大統領選でのトランプ氏優勢観測から経済政策への期待や、FRBの早期利下げ期待等で11日、終値4万2,224円02銭の年間最高値
    8月
    • 米国の景気懸念が拡がり、ニューヨーク市場が大幅下落、東京株式市場も、「令和のブラックマンデー」とも称される歴史的な大暴落、終値、3万1,458円42銭の年間最安値
    9月
    • 自民党総裁選を巡る思惑から、高市効果や石破ショックといった思惑的な売買が活発化
    10月
    • 米国長期金利の上昇や中東情勢の緊迫化が懸念され、日経平均は3万9,000円台を中心に横ばいの展開
    11月
    • 米大統領選でトランプ氏が再選を果たし、その影響が市場に注目される
    12月
    • 米国株式市場で主要3指数が最高値を更新し、日銀の利上げ観測が後退したことから、日経平均は続伸し、39,488円51銭で取引を終了

    年間を通じた高値は7月11日につけた4万2,224円02銭、安値は8月5日の3万1,458円42銭で、高値/安値の値幅は1万765円60銭と過去3番目の大きさでした。

    年前半は生成AI(人工知能)ブームに伴う半導体関連株の上昇や上場企業の資本効率改革を背景に大きく上げ、年後半は海外投資家が売りに転じた影響等で大きく下げる局面もあった一方、米景気の堅調さや日本の上場企業による自社株買いが相場の支えとなりました。

    これまでが大方の投資家の御記憶に新しいところですが、私自身が気づきました点を以下、記してみたいと思います、。

    まずは悪い記憶から・・・・・

    Ⅱ.2024年の出来事、私的回顧から

    ・市場関係者の不正

    昨年一年間で、証券取引等監視委員会が報道発表した、不正取引関係の事案は下記の15件でした。

    日 時事 案
    2月13日 株式会社ニチリョク株券に係る相場操縦事件の告発について
    2月16日 株式会社コンテック役員による公開買付けの実施に関する事実に係る伝達及び取引推奨行為並びに当該役員から伝達を受けた者3名による内部者取引に対する課徴金納付命令の勧告について
    3月22日 大盛工業株式に係る相場操縦に対する課徴金納付命令の勧告について
    3月26日 Quadeye Trading LLCによる高速取引に係る偽計に対する課徴金納付命令の勧告について
    3月29日 タツタ電線株式会社社員による内部者取引及び情報伝達行為並びに同社員から伝達を受けた者による内部者取引に対する課徴金納付命令の勧告について
    5月24日 株式会社小僧寿し役員による内部者取引に対する課徴金納付命令の勧告について
    5月24日 株式会社小僧寿しの子会社社員による内部者取引に対する課徴金納付命令の勧告について
    6月4日 Abalance株式会社株券に係る内部者取引事件の告発について
    6月14日 株式会社ストリームメディアコーポレーションとの契約締結交渉者の社員から情報伝達を受けた者による内部者取引及び当該社員による重要事実に係る伝達行為に対する課徴金納付命令の勧告について
    7月26日 ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式に係る風説の流布に対する課徴金納付命令の勧告について
    9月13日 株式会社ミンカブ・ジ・インフォノイド役員からの情報受領者による内部者取引に対する課徴金納付命令の勧告について
    9月25日 野村證券株式会社による長期国債先物に係る相場操縦に対する課徴金納付命令の勧告について
    10月25日 株式会社アルファクス・フード・システムとの契約締結交渉者による取引推奨行為並びに同契約締結交渉者及び同社役員から情報伝達を受けた者4名による内部者取引に対する課徴金納付命令の勧告について
    12月23日 東京証券取引所社員が関与した内部者取引事件の告発について
    12月23日 金融庁職員による内部者取引事件の告発について

    私の記憶では、証券取引等監視委員会の発足以降、東京証券取引所、および金融庁の職員がインサイダー取引により摘発された事例は初めてではないかと思います。

    市場取引の公正性を担保し、監視する組織の職員が不正に手を染める事態は、その信頼性ばかりでなく、あらゆる市場関係者の利益を大きく毀損します。

    組織における悪意の発見は意外と重いテーマですが、それはそれとして、不正根絶のための関係者による不断の努力が求められます。

    ・拡大するグローバル投資資金の流入

    ボストン・コンサルティング・グループ(以下、BCG)は、グローバルアセットマネジメント・レポートとして、資産運用市場と運用会社の動向についてまとめたレポートを毎年発行しております。

    昨年5月21日、2024年版として「AI and the Next Wave of Transformation」を発表しました。

    そこにはハッキリと、一昨年の2023年における世界規模での運用資産の回復、すなわちコロナ禍を経験した投資家のマーケット回帰がハッキリと示されております。


    【世界資産運用市場、BCG調査】

    この傾向は2024年も継続していたものと推察でき、それが市場を押し上げていた要因の一つと考えられます。

    株式市場だけを見ても、南北アメリカ、アジア・パシフィック、欧州・中東・アフリカの株式市場全体の時価総額は18.15%増と、大幅な上昇を示しております。

    ⦁以下図表は全て国際取引所連合:World Federation of Exchanges(WFE)の統計資料より筆者が作成


    ・アメリカ一人勝ち

    同じ表からは、欧州・中東・アフリカ地域の低迷、南北アメリカ地域の一人勝ちという特徴が表れております。

    さらに、そのような状況の中、東証とニューヨーク市場との対比を見てみましょう。


    ニューヨーク市場とナスダックは。各々時価総額が3割以上も増加していますが、東証は8.4%の増加にとどまり、グローバルな増加率18%にも到達しておりません。

    特にナスダックの増加率は年間36.6%増という凄まじい数字を上げており、アップル、マイクロソフト、エヌビディア等の、IT/AI革命を担ってきた企業の勢いを実感します。

    ・東証の位置は

    それでは、ニューヨークと東京は、世界株式市場の時価総額に対し、どの程度の比率を占めるのでしょうか?


    この数字からはニューヨークとナスダックを合計した時価増額が、年間を通じて増加し、年末には世界市場の半分を占めるまでに成長している姿がみられます。

    一方、東証は年間を通じで比率が低下し、年末には5%ギリギリの水準にとどまります。

    ダイナミックな企業、特に革新的な製造業が資金調達するナスダックと、小粒なビジネスモデルの品評会のような東証のグロース市場では競争にならないという事実が、私たちに突きつけられます。

    岸田前首相の肝いりで2022年を「スタートアップ創出元年」と銘打ち各種政策を推進しておりますが、資本市場も並走しながら、その拡大を期待したいところです。


    【スタートアップ育成に向けた政府の取組スタートアップの力で社会課題解決と経済成長を加速する2024年9月 経済産業省】

    Ⅲ.まとめ

    昨年は、投資資金の流入がありながら、腰が入った投資よりも、裁定や思惑により指数が大きく振れました。

    また、植田ショック、石破ショックのように、要人発言に一喜一憂した相場でもありました。

    その意味では年初の御託宣、「油断すると不利になる」は的を射ていたようです。

    2025年1月元旦、その御託宣はこんなものでした。

    【運勢 小吉】
    相場(賭) 適度にせよ 身を破(やぶ)る

    如何でしょうか?

    <参考>

    • 末廣神社 https://suehirojinja.or.jp/
    • 証券等取引監視委員会
    • 日本取引所グループ
    • 国際取引所連合:World Federation of Exchanges(WFE)
    • 内閣府、通商産業省
    • 野村證券、大和証券グループ本社HP
    • 日本経済新聞、ダイヤモンド、東洋経済、エコノミスト
    • 株式投資2025/前田正孝

    [2025.01.29 ]

    [執筆者プロフィール]
    一燈。1980年大手証券会社入社。企業派遣留学として米国でMBA取得。その後、シンガポール・香港駐在を通じアジアビジネスに、 また本社経営企画部門で経営戦略の立案等に関わる。





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    【第 1 部】公的個人認証(JPKI)と、犯収法の見直し案とその動向
    犯罪収益移転防止法(犯収法)で定められている本人確認方法、公的個人認証(JPKI)で実現できることや、現在政府によって検討が進められて いる犯収法の見直し案と今後の動向について解説。

    【第 2 部】公的個人認証によるマイナンバーカードの利活用とユースケースのご紹介
    公的個人認証サービスでは、本人確認に加えマイナンバーの収集や、現況確認と言われる後日事業者がユーザーの基本4情報(氏名・住所・生年月 日・性別)に変更はないかの確認ができるなどeKYC にはない、新たな機能があります。これら機能の詳細やどのように活用可能か解説。

    【第 3 部】「Synergy!」で実現する JPKI 連携を含む口座開設申込フロー
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    • 口座開設やローン申込時の本人確認の精度を上げる必要性を感じている金融機関様
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    〜犯収法の見直し案やJPKI の様々な利活用と非対面チャネルの整備方法とは~
    開催日時2025年2月20日(木) 14:00~15:00
    会場オンライン(Zoom) ※開催前に視聴用のURLをメールでお送りします。
    参加費用無料
    定員50名

    プログラム

    第1部
    14:05~14:25
    公的個人認証(JPKI)と、犯収法の見直し案とその動向
    サイバートラスト株式会社
    セールスマーケティング本部パフォーマンスマーケティング統括部
    フィールドマーケティング部 田上 利博 氏
    第2部
    14:25~14:45
    公的個人認証によるマイナンバーカードの利活用とユースケースのご紹介
    株式会社ODKソリューションズ
    証券・金融ソリューション部 証券・金融営業課 戸祭 陽菜
    第3部
    14:45~15:00
    「Synergy!」で実現する JPKI 連携を含む口座開設申込フロー
    シナジーマーケティング株式会社
    金融ソリューション事業部ビジネス開発グループ 高橋由香里氏
    ※講演内容は変更する場合がございます。あらかじめご了承ください。
    ※競合企業、同業他社、個人の方のご参加はお断りさせていただく場合もありますのでご了承ください。

    公的個人認証サービスご紹介ページ
    ▼ ▼ ▼



    謹んで新春のお慶びを申し上げます。

    皆様におかれましては新春を清々しい気持ちでお迎えのこととお慶び申し上げます。
    旧年中は格別のご厚情を賜り、誠にありがとうございました。

    昨年より弊社では、新たなSAKIXシリーズの商品として、
    公的個人認証サービス提供の準備を進めております。
    また、昨年3月にはITトレンドEXPOにも出展しましたが、
    今後も継続的にソリューションサイトやセミナー等で皆様に有益な情報を
    お届けできるよう努めて参ります。
    本年は昨年築いた礎のもと、より一層の飛躍を目指すとともに
    お客様に寄り添うベストパートナーであれるよう
    社員一同、努力してまいりますので、
    昨年同様にご高配を賜りますようお願い申し上げます。


    株式会社ODKソリューションズ
    証券・金融ソリューション部




    目次
  • 序 就職人気企業最新ランキング
    1. 働き方改革前史
    2. 働き方改革黎明期
      ・仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章
       (内閣府)
    3. 働き方改革推進期(コロナ禍を契機として)
    4. 企業の「働き方改革」体制作り
       第一フィル―ド:人材育成とスキル・アップ
       第二フィールド:福利厚生の充実
       第三フィールド:資産形成
    5. まとめ

    序 就職人気企業最新ランキング

    週間ダイヤモンド、2024年12月7日号に「就職人気企業最新ランキング」という特集が組まれておりますが、文系男子/文系女子別のトップ・テン企業は下記のように報じられております。



    男子・女子とも、商社がトップ・ファイブを独占するという結果も刮目すべき点ですが、大手証券の一角、大和証券グループのランキング入りには、古参の証券マンの私にとり感慨深いモノがあります。

    その理由は、一つはランキング入り自体に、もう一つは主要銀行も含む大手金融機関の中でも上位にランキングされていることです。

    Ⅰ.働き方改革前史

    私が証券の世界に飛び込んだ1980年、世間が業界に向ける眼は、決して芳しいものではありませんでした。

    曰く、朝が早い、ノルマがきつい、入社後2~3年で半数以上が辞める、残業が常態化している、土日も無い・・・・等々、散々な評判でした。

    さらには、バブル景気の中、業容が急速に拡大したことにより、従業員に大きな負担が掛かり、業界の内外で長時間労働が当然のことのように認識されてしまいます。

    営業現場では、顧客との距離を他社より少しでも縮めようとするあまり、過剰な顧客接待合戦が繰り広げられ、担当者は高いノルマを担ぎながら、大きなプレッシャーを感じることになります。

    この世界で生きる限り、どこもかしこもプライベートな時間などほとんどなく、「会社が第一」「会社が家族」という歪んだ価値観が定着していました。

    この頃、都市伝説のように伝えられていたのが、早朝、家を出る時に娘さんから「また来てね!」と言われたという武勇伝/笑い話でした。

    その真偽はともかく、実際の現場は、より壮絶だった記憶がありますが、以下は某証券の法人部長が某銀行の副頭取を接待した折の逸話です。

    宴会は夜の9時30分頃にお開きとなった。翌朝、副頭取が銀行に出社すると、その法人部長の礼状が待っていたという。法人部長の部下が、朝一番で礼状を銀行まで持参してきたのだ。話を聞くと、当の法人部長は宴会後、本店に帰って礼状をしたため、翌朝部下に銀行に持参させたのだという。

    (実録バブル金融秘史/恩田饒)

    このように、上も下も一丸となって、しのぎを削っていたわけですから、ストレスや健康問題が深刻化していたにもかかわらず、回し車のネズミのように走り続けていたのでしょう、私自身も何の疑念もなく長時間労働に右往左往しておりました。

    バブル崩壊後も、多くの企業が合理化のため、早期退職やリストラを進めたため、個々の従業員の業務量は増加という皮肉な状況が生まれてしまいました。

    この頃から、過労死問題が社会問題に、それどころか国際問題としても認識され、ようやく人々の意識も変わり始めました。

    2000年代に入ると、社会的に働き方改革への関心が高まり、労働法制の改正やITの進展により、いよいよ「ワーク・ライフ・バランス」という語が人々の口に上るようになり、ここに働き方改革の黎明期に突入します。

    Ⅱ.働き方改革黎明期

    2平成19年12月18日、関係閣僚、経済界・労働界・地方公共団体の代表等からなる「官民トップ会議」において、遂に「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」が宣言されます。設定されます。

    その冒頭、社会全体としての「仕事と生活の調和の必要性」と「目指すべき社会の姿」を示し、その重要性を高らかに宣しております。

    仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章 (内閣府)

    (抜粋、下線は筆者)

     我が国の社会は、人々の働き方に関する意識や環境が社会経済構造の変化に必ずしも適応しきれず、仕事と生活が両立しにくい現実に直面している。

     誰もがやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たす一方で、子育て・介護の時間や、家庭、地域、自己啓発等にかかる個人の時間を持てる健康で豊かな生活ができるよう、今こそ、社会全体で仕事と生活の双方の調和の実現を希求していかなければならない。

     仕事と生活の調和と経済成長は車の両輪であり、若者が経済的に自立し、性や年齢などに関わらず誰もが意欲と能力を発揮して労働市場に参加することは、我が国の活力と成長力を高め、ひいては、少子化の流れを変え、持続可能な社会の実現にも資することとなる。

     そのような社会の実現に向けて、国民一人ひとりが積極的に取り組めるよう、ここに、仕事と生活の調和の必要性、目指すべき社会の姿を示し、新たな決意の下、官民一体となって取り組んでいくため、政労使の合意により本憲章を策定する。

    そして、〔仕事と生活の調和が実現した社会の姿〕として、次の三点を掲げております。

    • 就労による経済的自立が可能な社会
      経済的自立を必要とする者とりわけ若者がいきいきと働くことができ、かつ、経済的に自立可能な働き方ができ、結婚や子育てに関する希望の実現などに向けて、暮らしの経済的基盤が確保できる。
    • 健康で豊かな生活のための時間が確保できる社会
      働く人々の健康が保持され、家族・友人などとの充実した時間、自己啓発や地域活動への参加のための時間などを持てる豊かな生活ができる。
    • 多様な働き方・生き方が選択できる社会
      性や年齢などにかかわらず、誰もが自らの意欲と能力を持って様々な働き方や生き方に挑戦できる機会が提供されており、子育てや親の介護が必要な時期など個人の置かれた状況に応じて多様で柔軟な働き方が選択でき、しかも公正な処遇が確保されている。

    また後段では〔関係者が果たすべき役割〕して、労使を始めとする国民の取り組み、国や地方公共団体による支援を踏まえて、社会全体の運動として広げていく必要性が強調されています。

    その後、ワーク・ライフ・バランスの実現を推進する原動力として、2008年厚生労働省主導による官民共同事業「仕事と生活の調和推進プロジェクト」が始動します。

    厚生労働省では、平成20年4月から「仕事と生活の調和推進プロジェクト」を展開しています。このプロジェクトは、我が国を代表する企業10社(以下「参画企業」という。)の協力を得ながら、参画企業における仕事と生活の調和の実現に向けた取組を広く国民全体にPRすることを通じて、社会的気運の醸成を図ることを目的とするものです。

    証券界でも、フレックスタイム制やリモートワークの導入といった対処療法的な試みを導入する企業は存在しておりましたが、 過労死問題や少子高齢化に伴い、政府が本格的な働き方改革を推進するに伴い、労働環境改善に本気で取り組む企業が増え、対応が進み始めます。

    Ⅲ.働き方改革推進期(コロナ禍を契機として)

    さらに、コロナ禍の時代に、リモート・ワークに代表される柔軟な働き方や一層のデジタル化が必須とされます。

    証券界は、経済・社会の変化とともに、徐々に働き方改革を進めてきましたが、今後は業界特有の慣習を見直しつつ、柔軟な働き方を推進することになるでしょう。

    その推進の背景をまとめると、業界全体での長時間労働や成果主義を重視する文化からの脱却を求められたものと云え、次の諸点が挙げられます。

    1. 規制
      政府の働き方改革関連法案等により、労働時間の上限や年次有給休暇の取得促進が義務化された。
    2. 健康問題
      長時間労働が従業員の健康に悪影響を与えるという考えが社会全体の共通認識となる。
    3. 人材確保と定着
      若い世代の働き方法の価値観が、就職・就業に際しての判断材料となる。

    その期待される効果は以下のようなものでしょう。

    1. 従業員の満足度向上
      働きやすい環境が勤労意欲や帰属意識を高める。
    2. 業績向上
      効率的な働き方が業務品質と成果を向上させる。
    3. 企業イメージの向上
      採用活動や顧客信頼度向上につながる。

    Ⅳ.企業の「働き方改革」体制作り

    一方、企業から見て、このような働き方改革を実現するための具体策とはどのようなものなのでしょうか?

    ここは多くの証券会社が就職希望者に向けて、大々的にアピールしたい点ですので、個々の会社のホームページをチェックすることにより、容易に浮かび上がってきます。

    その中心は「人材教育とスキル・アップ」、「福利厚生」、「資産形成」といった三つのフィールドに分類出来ます。

    第一フィールド:人材育成とスキル・アップ

    かつては、電話帳とカバンを渡して街に放り出すという、乱暴なオン・ザ・ジョブ・トレーニングとも云えない丁稚奉公が横行しておりましたが、しっかりした教育システムが無い会社に世間の眼は厳しくなるばかりです。

    1. 若手時代の集合研修
      社会人としての基本となる土台の形成となる証券業界にふさわしい倫理観やプロとしての矜持醸成から、現場で戦力となるための専門教育に至るまでの教育プログラム
    2. 資格取得の奨励
      証券ビジネスと関連性の高い、証券アナリスト、AFP、CFP簿記、英検等の資格取得を奨励・支援体制として、対策講座や受験料の補助や社内コミュニティによる交流支援
    3. 外部との連携による電子学習システムの導入
      Eラーニング等を通じて、バラエティに富んだスキルの取得
    4. 社内選抜型教育
      国内外への留学、他業種や官への出向等

    第二フィールド:福利厚生の充実

    安心して働ける環境整備と、万一の場合の医療体制、等々。

    1. 住環境の整備
      社宅や寮、住宅補助制度
    2. 健康維持
      人間ドックの義務化、禁煙支援
    3. 医療体制の充実
      メンタルヘルスへの対応も含めた、幅広い医療サポート体制
    4. 出産育児支援
      育児休暇や介護休暇の取得促進
    5. 介護支援
      社会的に大きな課題となる介護支援

    第三フィールド:資産形成

    働きながら資産形成が可能となる体制作り、特に業界一丸となって作り上げた制度的資産形成への参加

    1. 持ち株会
    2. 確定拠出年金(401K)
    3. NISA

    Ⅴ.まとめ

    「外圧によってしか変化しない社会」、「同調圧力が強く、多様な価値観は認められにくい」、とは、ステレオタイプな日本人論ですが、一方で戦後復興などを見ると、「恐ろしいほどに変わり身が早い」のも日本人の特性の一つでしょう。

    ここで議論した、様々な「働き方改革」も、失われた30年を取り戻すための向上策と捉えれば、加速こそすれ失速することはなさそうです。

    例えば、大和証券グループ本社のHPを見ると、「女性活躍推進等に関する目標」として、グループ内の大和証券における目標数字を設定し、経営のコミットメントとしております。

    2026年度末までの目標(大和証券)

    • 「女性管理職比率」について、2020年代に30%とすることを目標に、25%以上とする
    • 「男性の育児休職取得率」を100%以上とすると共に、取得日数を14日以上とする

    社会的誓約として具体策を掲げ、大きな変化を怯まずにその責任を果たそうとする姿勢は、先進的企業のイメージを高めることに成功しているのではないでしょうか。

    証券大手の一角がランキング入りしたのも、そのあたりに理由がありそうです。

    <参考>

    • 週刊ダイヤモンド 2024年12月7日号
    • 実録バブル金融秘史/恩田饒
    • 内閣府HP
    • 厚生労働省HP
    • 野村證券HP
    • 大和証券グループ本社HP
    • 日本経済新聞

    [2024.12.27 ]

    [執筆者プロフィール]
    一燈。1980年大手証券会社入社。企業派遣留学として米国でMBA取得。その後、シンガポール・香港駐在を通じアジアビジネスに、 また本社経営企画部門で経営戦略の立案等に関わる。




    目次
    1. 一九八七年十月十九日
    2. ≪金融危機の記憶と教訓≫
      Ⅰ.1980年代 ラテン・アメリカ債務危機
      Ⅱ.1987年 ブラック・マンデー
      Ⅲ.1997年 アジア通貨危機
      Ⅳ.2000年 ドットコム・バブル崩壊
      Ⅴ. 2008年 リーマン・ショック
      Ⅵ. 2010年 欧州ソブリン危機
      Ⅶ.2020年 コロナ・ショック
    3. ≪今後の課題≫
      1.市場心理
      2.リスク管理
      3.国際協調
      4.金融規制と監督
      5.モラル・ハザード

    一九八七年十月十九日

     ジャパン・ソサエティでの田淵会長を囲むディナーには、三十人のアメリカのトップエクゼクティブたちが集まってきた。すぐそばに新しくできた日本料理屋から幕の内弁当が届けられ、各人の前に置いてある。キリンビールの中びん一本とコップが一つ添えてある。ぼくも去年の暮れまで、ここの理事だったが、これがジャパン・ソサエティのディナーのやり方だ。

     いつものたくましい日焼けした顔を、がっしりした体に乗せて、シュライヤー氏は会長の横で幕の内弁当を食べている。やはり、彼は来た。

     誰かが田淵会長へともシュライヤー氏へともとれる質問をした。

    「この暴落をどう思いますか」

     田淵会長が言った。

    「隣にいるシュライヤーさんと私は、証券界に入ってもう四十年にもなります。あるんですよ、こういうアップ・アンド・ダウンは」

    「そうなんです、ただ、この五年間上げ相場だったから、下げ相場を体験したことのないウォール街の若い人たちは、びっくりしたでしょう。」

    といってシュライヤー氏がうなずく。



    寺澤芳男 著
    「ウォール・ストリートの風」より

    1987年10月19日(月曜日)、ニューヨーク証券取引所のダウ平均株価が大暴落した「ブラック・マンデー:Black Monday」、現地では「血まみれの月曜日:Bloody Monday」とも称されたようですが、まさにその当日、ニューヨークにおける一場面です。

    登場人物は、業界で大田淵と呼ばれた田淵 節也、野村證券会長(現・野村ホールディングス)、ウィリアム・シュライヤー:William Allen Schreyer、メリルリンチ会長(現・メリル)、語り手は野村證券の国際部門を率いておりました寺澤芳男、同社副社長。
    *肩書は全て当時のもの


    翌日、大暴落した東京証券取引所、“下げ相場を体験したことのない”若き証券マンだった私は、本社の営業場に設置された株価ボードに点滅する売り気配ばかりの表示を恐怖と不安で呆然と見上げるばかりでした。

    あの日から、様々な暴落や金融危機を体験しましたが、業界の先達のようには肝が据わらないまま、常に右往左往していた私です。

    そんな反省もあり、1980年代以降の世界的な金融危機、銀行システムの崩壊、バブルの崩壊、通貨危機など、様々な形で発生した事象を振り返り、その教訓を探ってみましょう。

    ≪金融危機の記憶と教訓≫

    1. 1980年代 ラテン・アメリカ債務危機

      【背景】
      1970年代の石油危機によりオイル・マネーが急膨張し、ラテン・アメリカ諸国への貸付が拡大して、この地域の多くの国が積極的に資金を借り入れ、経済開発を進めました。

      しかしながら、石油価格の低下やドル金利の急上昇により財政が悪化、通貨の下落と輸出収入の低迷が追い打ちをかけ、債務の返済が不可能となりました。

      【結果】
      多くのラテン・アメリカ諸国が債務不履行に陥り、地域全体が長期にわたる経済不況に苦しみました。

      国際通貨基金:IMFと世界銀行が救済措置として、債務再編や構造改革プログラムを支援しました。

      【教訓】
      身の丈に合わない過剰な外部借入と、通貨が不安定な状況での外貨建て債務の拡大は、経済危機を引き起こしやすいものでした。

      IMFが債務不履行諸国に課した「構造調整プログラム」による財政緊縮が国民生活を苦しめ、外資導入への慎重なアプローチの必要性が新興国に広がりました。

      個人的には、このラテン・アメリカの債務危機は同時代的な出来事というより、その後の処理として発行されたブレディー債に苦労したことばかりが思い出されます。

      それは1989年、当時の米国ブレディー財務長官:Nicholas Frederick Bradyによる提案に基づきラテン・アメリカ諸国の債務返済を目的として米国市場やユーロ市場等の国際市場で発行された債券の総称で、その条件の複雑さに四苦八苦した体験です。

    2. 1987年 ブラック・マンデー

      【背景】
      1987年10月19日(月曜日)、ニューヨーク証券取引所のダウ平均株価が一日で約22.6%下落しました。この米国発の「ブラック・マンデー」は、世界の株式市場にパニックを引き起こし、各国で株価が大幅に下落しました。

      【結果】
      コンピュータによる自動売買、いわゆるプログラム売買により、相場が下落すると、さらに売り注文が増えるという悪循環が発生し、 投資家の疑心暗鬼と悲観からパニック売りが加速しました。

      【教訓】

      金融市場における自動取引のリスクが露呈し、その後の市場規制強化や取引停止措置:サーキット・ブレーカーの導入に繋がりました。

      金融市場のボラティリティが一気に高まると、システム的なリスクが広がることが明確になり、金融機関のリスク管理が重要視されるようになりました。

      私自身、市場の一時的なシステム危機で、それほど大きな経済危機には発展しなかったという印象残るのも、日本がバブル経済へと突入していった前夜だったからかもしれません。

      それでも、金利を関数として多くの派生商品が出現したこの頃、金融危機の全貌が予測し難いものとなる時代の始まりでした。

    3. 1997年 アジア通貨危機

      【背景】
      アジア経済圏の成長期待が投資資金を世界中から呼び込み、多くの現地企業や金融機関がドル建て資金を借り入れ、経済がバブル化していましたが、その崩壊過程で通貨の信頼が揺らぎ、外国資本が一斉に逃げ出しました。

      【結果】
      タイのバーツが急落し、それが他の東南アジア諸国、インドネシア、マレーシア、韓国などに波及、これにより各国の為替市場や株式市場が急落して、多くの企業や銀行が破綻しました。

      【教訓】
      国際通貨基金:IMFが救済策を提供するも、厳しい財政緊縮が求められ、韓国のように反IMFの気運が盛り上がり、混乱に拍車が掛かった国もありました。

      外資導入は新興国の資本不足を補うための切り札ですが、適切な外貨準備の重要性と、資本流入の管理が認識され、各国で財政・為替政策の見直しが進みました。

      また、国際的には投機資金の管理監督の機運や、IMFの介入とその条件に対する批判が高まったことも指摘できます。

      日本も、欧米では駄目でもアジアでは何とかる、という根拠の無い思い込みもあり、この時期、アジアへの拠点拡張にしのぎを削りました。

      私は、このアジア危機の中で、戦線を拡大したアジア拠点の閉鎖、縮小、売却に関わることになります。

      ジャカルタでは暴動に巻き込まれ、マニラでは解雇社員から脅迫され、某国では拠点閉鎖を当局に拒否され、各国の官僚機構の中で申請をたらい回しにされ、酷暑や雑踏の中で七転八倒することになります。

      それでも、M&A、すなわち企業売買や企業整理の実務を身に着けることが出来たというのは負け惜しみでしょうか?

    4. 2000年 ドットコム・バブル崩壊

      【背景】
      1990年代後半から2000年代初頭にかけて、インターネット関連企業への期待が膨らみ、多くの企業が曖昧な事業モデルで利益も生まないような段階で株価が急騰したものの、過大評価が明らかになるにつれ、バブルが崩壊して行きます。

      【結果】

      2000年から2002年にかけて、NASDAQ指数は約80%も下落し、多くの企業が倒産しました。

      さらに、IT企業の崩壊が実体経済に波及し、アメリカ経済の成長は鈍化しました。

      【教訓】
      投資に際して、企業価値の冷静な評価の必要性、言葉を換えれば、将来に対する安易な成長期待ではなく、実際の収益性に基づいた評価が求められました。

      また、一つのセクターに過度に依存する投資行動のリスク、分散投資の必要性が再認識されたことも重要です。

      『今回は違う:This time is different!』、景気循環や金融政策を外れて極端な上昇相場が続く場合には、投資家の視点にバイアスがかかりやすい点を戒めた相場格言ですが、特に新規の投資テーマが取り上げられる場合には要注意ということでしょう。

      『歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。』人類は愚かなものです。

    5. 2008年 リーマン・ショック

      【背景】
      リスクの高い住宅ローン(サブプライム・ローンSubprime Lending)が大量に証券化され、世界中の投資家が購入しましたが、住宅価格の下落によりこれが焦げ付きました。

      さらには、サブプライム・ローンに関わる証券が組み込まれた金融商品までも信用を失い、市場では投げ売りが相次ぎました。

      【結果】
      米国の大手投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻が引き金となり、高い信用力を持っていたAIG:American International Group, Inc.、ファニーメイ:Fannie Ma、フレディマック:Freddie Macなどが国有化される事態にまで至り、市場は大混乱に陥りました。

      それは、世界的な金融危機に繋がり、株式市場の暴落、銀行の倒産、経済の大幅な縮小が生じました。

      【教訓】
      各国政府や中央銀行は、大規模な財政・金融政策を導入し、金融システムを支援すると同時に、金融機関が高いレバレッジをかけた投資を進めてリスクが増大していた事実を鑑み、金融規制の強化や、ストレス・テストの導入が進みました。

      私は当初、海の向こうのお話だとばかり思っておりましたが、その影響が世界に広がるにつれ、日本のバブル時代の過剰融資による破綻劇が思いだされました。

    6. 2010年 欧州ソブリン危機

      【背景】
      リーマン・ショックに際し、多くの欧州諸国が景気対策として財政支出を拡大しましたが、ギリシャ、スペイン、ポルトガルなどで財政赤字と公的債務が急増し、その返済が困難に陥りました。

      ギリシャの債務問題の表面化をきっかけとし、欧州全体への信用不安が波及しました。

      【結果】
      欧州連合(EU)と欧州中央銀行(ECB)、国際通貨基金(IMF)が債務国を救済するための支援策を実施しましたが、ギリシャを中心とした南欧諸国で、失業率が急上昇し、経済が低迷することになりました。

      【教訓】
      欧州単一通貨(ユーロ)の維持には、財政規律の統一と厳格な監視体制が必要であることが明らかになり、危機後、欧州では財政協定を導入し、加盟国に財政赤字の上限を設けるなどの再発防止策が取られました。

      欧州内での経済的格差がユーロを維持するために大きな課題であるという点は、欧州だけではなく世界中の共通認識でした。

      ドイツという基幹国の存在と、そのリーダー、メルケル首相の努力によりギリシャなどへの支援が実現して危機を乗り切ったことは金融市場の安定にも喜ばしい事でした。

      しかしながら、異なる経済状況の国々を通貨で統一するユーロが内包する根本的な課題と、結果的に欧州ではドイツの一人勝ちのような状況を生み出してしまったことは、いまも引きずることになります。

    7. 2020年 コロナ・ショック

      【背景】
      新型コロナ・ウイルスのパンデミックにより、世界の経済活動が一時停止し、株式市場が急落しました。

      【結果】
      世界中でロックダウンが実施され、多くの産業が停止、特に製造業において 工場の停止や輸送中断によりグローバルな供給チェーンが混乱しました。

      【教訓】
      各国政府は大規模な財政支援や金融緩和を導入し、経済の急激な収縮を防ぎました。
      特に製造業においては、世界分業体制の見直しから、グローバル・サプライ・チェーンの再構築や国内回帰などの動きが出ました。

      おそらく、多くの人々にとり初めての世界的パンデミックは本当に衝撃的でした。

      ただ、私は香港駐在時に重症急性呼吸器症候群:SARSの集団発生に遭遇していたため、少しは冷静にふるまえたと自負しております。

      当時の香港で、洪水等の天変地異や火事、さらにはテロに備えて準備してきた事業継続計画:Business Continuity Plan、BCPを、全く予想もしていなかった理由で発動したことは、いまでも強く記憶に残ります。

    ≪今後の課題≫

    これまで概観して来た、1980年代以降の金融危機の教訓を総括すると、今後の課題として以下の諸点が挙げられます。

    1. 市場心理

      ブラック・マンデーの項でも述べましたが、金利を関数として多くの派生商品が出現したことにより、レバレッジ: Leverage)効果が高まり、巨大化した金融市場の全体図が不透明で予測し難いものとなり、その不安はますます高まっております。

      投資家が抱く過剰な楽観やパニックが金融危機を悪化させることが多く、投資家の心理を考慮した市場安定策が関係者の課題となりました。

    2. リスク管理

      市場の信頼と安定性を担保するために、自動取引やレバレッジのリスクを管理する規制導入は、市場参加者の心理をも安定させます。

    3. 国際協調

      アジア通貨危機やリーマン・ショックのように、経済危機が瞬時に、グローバルに広がる現代では、国際的な協調が不可欠なものです。

      政府や中央銀行はもとより、取引所、自主規制機関、民間企業同士でも国際協調が求められるでしょう。

    4. 金融規制と監督

      ルールの緩和や不十分な監督が危機を引き起こすことが多く、危機後には規制強化の動きが見られました。

      これらの危機の経験を通じ、金融システムは強化されてきましたが、常に新たなリスクが発生するため、金融機関の健全性の維持、自己資本比率や流動性規制など、金融システム全体の安定性を確保する取り組みが行われるように、継続的な監視と規制の見直しが求めらます。

    5. モラル・ハザード

      救済策が繰り返し取られることで、金融機関がリスクを取り過ぎる可能性があるため、危機回避とモラル・ハザードのバランスが社会全体で共有されなければなりません。

    金融危機の再発を阻む基盤整備は進んでおりますが、どんなきっかけで発生するか不透明な時代でもあります。

    過去の事象から経験と教訓を振り返るのも有意義ではないでしょうか。

    <参考>

    • 「ウォール・ストリートの風」 寺澤芳男(著)
    • 日本取引所グループ
    • 日本経済新聞

    [2024.11.28]

    [執筆者プロフィール]
    一燈。1980年大手証券会社入社。企業派遣留学として米国でMBA取得。その後、シンガポール・香港駐在を通じアジアビジネスに、 また本社経営企画部門で経営戦略の立案等に関わる。




    目次
    1. 戦後の外国投資家による日本株投資のあゆみ
      ●1950年代~1960年代:戦後復興と初期の外国資本参入
      ●1970年代:オイルショックと外資の拡大
      ●1980年代:バブル景気と外国投資家の日本株買いの急増
      ●1990年代:バブル崩壊と外国資本の再評価
      ●2000年代~2010年代:金融危機後の復興
      ●現在:世界的投資資金の拡大
    2. 1980年代、駆け出し社員がみた海外投資家の動き
      1.ニューマネーの勃興
      2.海外投資家の求める流動性
      3.本邦証券会社の熱気
    3. 1980年代、日系証券会社のアジアでの業務
      ●日本からの輸出業務
      ●日本への輸入業務
      ●クロスボーダー業務
      ●商品組成業務
      ●附帯業務
    4. アジアでの日々(駐在雑感)
      1.1980年代、アジアの国際金融都市(シンガポール、香港の記憶)
      2.中華系投資家の信ずるモノは?

    Ⅰ.戦後の外国投資家による日本株投資のあゆみ

    戦後、取引所再開後の外国投資家による日本株買いの歴史は、日本の経済成長、金融自由化、世界経済の動向などの影響を受け、いくつかの大きな転機を経て進展してきました。

    • 1950年代~1960年代:戦後復興と初期の外国資本参入
      復興期の日本は国内産業保護を名目に、外国企業の資本参入を制限していました。しかしながら、経済成長とともに、外資導入の必要性が高まり、1960年代には法改正が進み、外国企業の日本株保有が段階的に認められるようになりました。

    • 1970年代:オイルショックと外資の拡大
      1971年に外貨取引の自由化が進み、外国投資家が日本株を購入しやすくなったため、欧米からの投資が増加しました。その後、1973年の第一次オイルショックにより日本経済は困難な局面を迎えましたが、外国資本に対する門戸開放は徐々に進みました。ただし、この時期の日本の資本市場は依然として規制が多く、外資の影響力は限定的でした。

    • 1980年代:バブル景気と外国投資家の日本株買いの急増
      1980年代は日本経済が高度成長期からバブル経済へと移行し、株価も急上昇した時期でした。日本政府は金融自由化をさらに進め、加えて1985年の「プラザ合意」以降の円高トレンドもあり、外国投資家による日本株買いは急増しました。海外の大手投資銀行やファンドも日本市場に参入し、1980年代後半には日本の株式市場における外国投資家の比率は大幅に上昇しました。

    • 1990年代:バブル崩壊と外国資本の再評価
      1990年代初頭にバブル経済が崩壊し、日本の株価は急落しましたが、外国投資家は日本市場に注目を続けました。バブル崩壊後、日本企業が構造改革を進める中で、一部の外国資本はリストラや企業統治の改善などを求め、日本企業の株主価値向上に関与しました。この時期、特に米国の機関投資家やヘッジファンドが日本株市場で影響力を強めました。

    • 2000年代~2010年代:金融危機後の復興
      2000年代に入ると、外国資本の存在感はさらに高まりました。2008年のリーマン・ショックで一時的に投資の流出が見られたものの、その後の復興とともに外国投資家が徐々に日本株市場に戻りました。特に2012年以降の金融緩和政策により、キャリー・トレード等が活発になり、外国投資家の存在感は増してゆくことになります。

    • 現在:世界的投資資金の拡大
      2020年代に入ると、政府も後押しする、企業のガバナンス強化や株主還元が進み、持続可能性やESG投資への関心も高まり、外国投資家の存在は依然として日本株市場に大きな影響を及ぼしています。特に世界的な投資資金の膨張は、コロナ禍で一端は頓挫したものの、その後の回復過程で日本株に向かう資金も増加している様子です。

    Ⅱ.1980年、駆け出しが見た海外投資家の動き

    さて、1980年4月、この世界に身を投じた私は地方支店勤務、海外留学を経て、1987年、ようやくシンガポールの地に赴任いたしますが、個人的に80年代の海外投資家をめぐる動きで記憶に残っているのは下記の三点です。

    1. ニューマネーの勃興

      オイルマネー、ソブリン・ウェルス・ファンド等々、想像がつかないほどの、新しい巨額のお金が世界を駆け巡っている事実に、日本市場は湧きました。

      例えば、当時のOPEC傘下の運用資金は2,360億米ドル、同時期の為替レート240円/米ドルからみると57兆円、それは1980年末における東証一部の時価総額732億円と比較すると、いつでも全ての日本企業を支配できるだけの気の遠くなるような巨額の資金でした。

      (経済企画庁年次世界経済報告:石油危機への対応と1980年代の課題 昭和55年12月9日より)

      日本国内の地方支店、その営業現場でもSAMA:サウジアラビア通貨庁、ADIA:アブダビ投資庁GIC:シンガポール政府投資公社、といった機関投資家の名前が符丁のように交わされておりました。

    2. 海外投資家の求める流動性
      1980年代前半、日本経済の高度成長が続き、本邦の機関投資家も、安定した経済成長と株価上昇を経験して、株式への投資を拡大、1980年代後半には低金利政策と企業への融資増加を背景に、株式市場に積極的に参入しバブル景気を牽引しました。この様な日本国内の機関投資家の市場参加が、大きな取引を求める外国投資家に流動性を提供してゆきます。

    3. 本邦証券会社の熱気

      このような外部環境から、1980年代には証券大手を先頭として、その国際業務を急拡大させて行きます。

      その熱気は証券大手各社の社史にも記録が残されており、現在でも、追体験できるようです。

    野村證券
    第4節 グローバル化が進展
    1.海外展開の戦略組織を構築
    ■グローバリゼーションに対応
    1980年代後半、証券・金融の国際化と各国金融資本市場の同質化の進行に伴い、内外の証券・金融機関の競争が激化していたが、当社はそれに戦略的に対応するため、1987(昭和62)年6月に、グローバリゼーションのための新たな体制の確立を目指して、プロジェクトをスタートさせた。

    山一証券
    3.海外部門の活動
    ■海外部門営業収入の動向
    1980年代前半に、海外拠点の拡大・強化を積極的に進めて来た山一証券は「グローバルな総合金融会社」を目指す第2次中期経営計画のもとで、1985(昭和60)年3月に国際本部を海外営業本部と改称し、国際金融部を引受本部に移管し、内外一体化戦略のもとで国際営業を展開していく。

    大和証券
    第十四節 国際化の一層の進展と当社の業務展開
    一 内外の一体化
    昭和五十年代後半は、証券市場の国際化が一層進展した時代であった。五十五年の改正外為法の施行により資本の自由化がほぼ実現したことは前述したが、この結果、外国投資家による国内証券売買、外国発行体による国内での証券発行、国内投資家による外国証券売買、国内発行体による海外での証券発行は、いずれもその規模を著しく拡大した。

    Ⅲ.1980年代、日系証券会社のアジアでの業務

    アジア地域、主力の拠点は香港・シンガポールという二大国際金融都市ですが、当時の日系証券会社が携わった業務は、簡単にまとめてみると、次のように区分できます。

    • 日本からの輸出業務
      日本株や日本国債等の日本円建て証券を、現地の機関投資家や中華系を中心とする富裕層へ販売する輸出業務

    • 日本への輸入業務

      現地で発行された各種証券を日本国内の投資家に販売する輸入業務

      シンガポールでは1984年に開設されたSIMEX:Singapore International Monetary Exchange、シンガポール国際金融取引所で取引される日経平均先物や金利先物が日本の機関投資家の需要に応えました。

    • クロスボーダー業務
      現地で組成された証券を欧米等、グローバルに販売

    • 商品組成業務
      投資銀行部門の活動として現地政府、企業の株式・債券発行、カントリ―・ファンドの組成、現地企業の東証上場への勧誘等々

    • 附帯業務
      1. 有価証券管理業務(カストディアン業務)
        一般的に投資家が国外の有価証券に投資する際に、購入した証券を輸送して本国で保管することは、輸送の費用・日数、保険に関する問題、資本規制等もあり難しいため、現地のカストディアンを利用するのが一般的です。日系証券は日本株投資家のために、カストディアン・サービスを提供しておりました。

      2. 銀行業務

        日系の大手証券は香港、シンガポールで銀行業務の免許を保有しておりました。香港では預金、為替、融資のフルライセンスを、シンガポールでは現地通貨シンガポール・ドル以外のオフショア取引、ACU(Asia Currency Unit)と呼ばれる非居住者外貨資金勘定を認可されていました。

        銀行業務により、現地投資家が保有する投資口座の滞留資金に金利付与、信用取引の融資が可能となりました。

    実際には80年代の日系証券の収益構造は圧倒的に輸出業に傾斜しておりましたが、1980年代後半から1990年代にかけて、日本の投資家によるアジア新興市場への注目が集まりました。

    日本経済が成熟する中で、東南アジア諸国の急成長、低賃金労働力の活用、経済のグローバル化の恩恵を受け成長の余地が大きいアジアの新興市場へ関心が高まったのです。

    しかしながら、1997年のアジア通貨危機により、多くの投資が影響を受け、ブームは一時的に後退しましたが、アジア市場の成長ポテンシャルは高く、現在も多くの投資が続いています。

    Ⅳ.アジアでの日々(駐在雑感)

    1. 1980年代、アジアの国際金融都市(シンガポール、香港の記憶)
      シンガポールの玄関口、チャンギ国際空港は薄暗く、ゲートを出た瞬間に漂うローカルフードの匂い、タクシー乗り場で感じたまとわりつくような南国の熱気、ボロボロのタクシーで宿泊先へ向かう高速道路の両側に広がる熱帯の暗闇、突然目の前に登場する摩天楼・・・・

      (シンガポール1985年)
      香港の旧啓徳空港に着陸する航空機は、超低空飛行で右旋回しながら降下し、翼下の老朽アパートの住人が洗濯物を干す様子もはっきり見え、空港ゲートを出ると何とも言えない中華食材が混じりあった匂い、湿った重い空気、日系企業のネオンサインが並ぶ高層ビル群、譲り合おうとしない車両ばかりで慢性的な渋滞を引き起こす海底トンネル・・・

      (香港1985年)

      どちらも赴任時の印象で、典型的な東南アジアの都市の様子ですが、現在とは隔世の感があります。

      赴任時はアジア経済危機以前でしたので、どちらの都市でも日本の金融機関は、長信銀、都市銀行、信託銀行、地方銀行、大手証券会社、中堅証券会社等々、ひしめき合うような状況でした。

      その駐在員各位と顧客先、監督官庁、弁護士事務所、会計事務所、さらには接待先の夜の街でと顔をあわせるわけですので、情報収集には細心の注意を払いました。

      また、当時は外資への門戸が開かれていなかった近隣諸国、インドネシア、マレーシア、フィリピン等々の顧客開拓にあたっても、競合他社とぶつかり合ったものです。


    2. 中華系投資家の信ずるモノは?

      そんな中で面談する中華系投資家の行動で記憶に残るものが彼らの米ドル信仰でした。日本株の売買決済は当然、日本円で執行されますが、彼らは多くの場合、欧米の銀行から米ドルで資金を振り込んで来ました。

      業者としては為替スプレッドも抜けるので有難い事ですが、彼らにその意図を聞いてみると、いざというときに信頼できる通貨で資産を保全したいので米ドルを選ぶ、どのような国で投資機会が発生しても米ドルなら迅速に投資が出来る、米ドルならば決済の事故の可能性が少ない、と即座に披露してくれたものです。

      東南アジアの華僑系投資家は第二次世界大戦前後に故郷を後にし、親戚や同郷者の暮らす国に落ち着き、日系企業のエージェントや日系商社との取引で財産を築いた方々も多く、その情報収集力もさることながら、投資決断も素早いものでした。

      国を出た後の苦労話、さまざまな冒険譚、移住先での政治的迫害等のお話を伺えば伺うほど、その米ドル信仰の強さが浮かび上がってきたものです。

      1990年代には、そろそろ世代交代の時期にあたり、華僑二世の方々ともお話しする機会も増え、欧米で教育を受けたこの世代の、日本人とは異なるグローバルな視点に驚かされたのも強く記憶に残るものです。

    <参考>

    • 経済企画庁年次世界経済報告:石油危機への対応と1980年代の課題 昭和55年12月9日
    • 野村證券史 1986-2005
    • 山一証券 100年史
    • 大和証券百年史
    • Bloomberg
    • 日本取引所グループ
    • 日本経済新聞

    [2024.10.31 ]

    [執筆者プロフィール]
    一燈。1980年大手証券会社入社。企業派遣留学として米国でMBA取得。その後、シンガポール・香港駐在を通じアジアビジネスに、 また本社経営企画部門で経営戦略の立案等に関わる。


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    これも古参の証券人の記憶に残るものですが、相場予測にあたり罫線分析を重視する一派が存在しておりました。

    酒田五法や一目均衡表といった一種の分析流派は証券界でも有名でしたし、大手証券にはチャーチストとかテクニシャンと称するスタッフが株式部あたりに在籍して、時には顧客訪問にまで同道しておりました。

    営業場には各銘柄の罫線を集めたチャートブックと呼ばれる分厚い雑誌が必ず置かれていました。

    そんな時代に、大きな株価の下落時には、この罫線一派が冷水三斗型の出現と囃し立てる声を聞くのが常でした。

    私が『冷水三斗で底が入る』という相場格言を覚えたのも、いくつかの株価暴落を経験してからでした。

    もうこの辺が底だろうと思って買い出動すると、大量の売り物が場に出て来る。何とかナンピンして耐えても、更に大量の売りが出されて、最後は追い証に持ち株を投げ売りさせられる。

    冷めたい水を3斗(約54リットルです!)も浴びせられ誰もが震えあがるような大量の売りが相場に集中する厳しい下げがあってはじめて本当の底が入り、それ以降は株価は何事もなかったように急回復するという教えです。

    そんな急落相場が8月第二週、東京株式市場に現出し、酷暑の東京にまさしく冷水を浴びせかけました。



    【Bloomberg日経平均】

    日経平均は8月5日(月)全面安の状況で、終値は前日比4,451円28銭安と史上最大の下げ幅、下落率も▲12.40%と歴代二位を記録しました。

    日経平均もTOPIXも12%超の下げ、さらにはグロース市場も15%超の下げと、いかに幅広く売られたかが指数上でもわかります。

    実際、普段はほとんど値動きの無いような小型株まで売り込まれた状況でした。

    投資家のパニック状態を示すもう一つの指標、東京証券取引所が14日発表した9日時点の信用取引の買い残は前週比9,086億円減の3兆9,635億円と2005年以降で最大となりました。


    【東京証券取引所 株式部発表】

     

    無論、急減の背景としては、株価の暴落で損失確定の売りを余儀なくされた投資家のポジション解消にあるでしょう。

    私は、この典型的な冷水三斗型の下げに、キャリア初期に出会ったブラック・マンデーの暴落を思い出しました。

    1987年10月19日の月曜日に起こったニューヨーク株式市場の大暴落ではダウ工業株30種平均が1日の取引で508ドル(22.6%)下落しました。

    当時、米国は財政赤字と貿易赤字の「双子の赤字」を抱えており、ドル安に伴うインフレ懸念が浮上したことが原因とされます。

    また、当時流行していたプログラム売買が株価の下落を加速させ、ニューヨーク市場の暴落は世界中に波及し、世界同時株安に陥りました。

    翌20日火曜日、東京市場の日経平均は3,836円48銭、率にして14.9%急落しました。

    この日の終値は2万1,910円08銭、1日の値下がり率は過去最大で、1953年3月5日、いわゆるスターリン暴落の記録(下落率10.0%)を34年ぶりに塗り変えるものでした。

    その日、営業場の株価ボード上の全銘柄が売り気配を示す中、それを為す術なく見つめるセールス部隊の姿を今でも記憶しております。

    当然、報道も過熱し、政府、経済界、金融業界の重鎮たちが次々に投資家に向けて慎重な姿勢を求める中で、お一人だけ意気軒高な方がいらっしゃいました。

    是川銀蔵、当時すでに90歳、「最後の相場師」と呼ばれたこの方だけが、マスコミに登場して絶好の買い場到来とばかりに、強い買い意欲を示されたのです。


    【公益財団法人 是川奨学財団HPより】

     

    是川氏の指摘通り、市場は翌21日には2万3,947円40銭、2,037円32銭高と9.30%の急上昇をみせます。

    その後も一進一退を繰り返しながら二番底をつけた市場は、翌88年には年初に2万1,000円台だった日経平均は目覚しい上昇ぶりを見せ、3カ月後の4月初めには暴落前の高値を上回り、その後も、もたつく欧米市場を尻目に独歩高の展開となり、1989年大納会のバブル天井まで上昇して行きます。


    【日本経済新聞 日経平均株価70年 日本経済の動き刻む】

     

    さて、今回の暴落、多くの識者が次のような論旨を展開しております。


     

    昨年の9月頃から動意づいた相場は、本年3月にはPER18.3倍まで買われ、その後短期間の調整を経て、業績期待から7月31日には戻り高値の3万9,101円82銭をつけます。

    その後は急落の影響でPERは16.9まで低下しますので、18台のPERはいささか買われ過ぎであったとも後講釈できます。

    結論としては、世界規模で投資資金が続々とマーケットに戻り、流動性の高い日本株市場に向かったのでしょう。

    買わざるを得ない海外投資家は指数構成銘柄のような流動性が高い大型銘柄を、目をつぶって買っている面が大きかったのではないでしょうか?

    いわば値段だけをつけに行く相場で、多くの投資家も追従して買い上げた末の大幅調整だったと思われます。

    ボストン・コンサルティング・グループ(以下、BCG)は、グローバルアセットマネジメント・レポートとして、資産運用市場と運用会社の動向についてまとめたレポートを毎年発行しており、本年のも2024年版として5月21日附で「AI and the Next Wave of Transformation」を発表しました。

    そこには昨2023年における世界規模での運用資産の回復がハッキリと示されております。


    【世界資産運用市場:17%増~BCG調査】

     

    即ち、世界資産運用市場: 2023年末の運用資産残高は118兆ドル、前年比12%増 日本は5.8兆ドル、17%増と報告されております。

    さて、私は日本株市場が、このような荒っぽい値動きを繰り返す原因として、特に海外投資家に、以前のような日本株の運用体制が構築されていないのではという懸念があります。

    業界の裏話のようですが、長い、長い日本株不遇の時代に、日本株を扱う関係者も同様に不遇の時代を過ごしてまいりました。

    こんな状況を回復させるまでには、いささか時間が掛かるかもしれません。

    偶然ですが、7月2日附、日本経済新聞の一目均衡というコラムに、同社の欧州総局、大西康平記者が同様な懸念を表明されております。

    人材難の「日本株投資家」、資本効率改善で復活なるか(要約)

    • 足元の日本の株価上昇のけん引役が一部の大型株に偏っていることがある。
    • 海外投資家は日本株の持ち高を増やそうにも、有名な超大型株や大型株中心の日経平均株価に連動した上場投資信託(ETF)などパッシブ投資での買いに頼らざるを得ない。
    • バブル崩壊後の株価低迷を背景に、海外の証券会社や運用会社で日本の個別銘柄に知見のある人材が減った後遺症が出ている。
    • 証券会社では、2008年のリーマン・ショック後、日本株専門の担当者を廃止し、中国に重点を置いたアジア株全体の担当者として再配置する動きが加速した。
    • 運用会社でも、ベテランの日本株ファンドマネジャーの引退が相次ぎ、後継者不足が課題になっており、ベテランの引退リスクは、海外の年金基金などのアセットオーナーが日本株ファンドへの長期投資をためらう理由にもなっている。
    • 日本株を担当する人材を増やすにはどうすればよいか。多くの欧州投資家からは「日本の株高が少なくとも2〜3年続くことによって、日本株の専門知識がキャリア形成上で有利と見なされる必要がある」との答えが返ってくる。

    地に足がついた投資が呼び込まれるには、いま少し時間が掛かるとしたら、値動きの荒い相場がしばらく続く可能性が大きいものと考えられ、まだまだ投資家の一喜一憂は続きそうです。

    <参考>

    • Bloomberg
    • 日本証券取引所グループ
    • 日本経済新聞
    • ボストン・コンサルティング・グループ
    • 公益財団法人 是川奨学財団

    [2024.9.30 ]

    [執筆者プロフィール]
    一燈。1980年大手証券会社入社。企業派遣留学として米国でMBA取得。その後、シンガポール・香港駐在を通じアジアビジネスに、 また本社経営企画部門で経営戦略の立案等に関わる。


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    なかなかに重いテーマですが、それを論ずる前に、私がこの世界に入った1980年以降、個人的に大きな変革であったと思われる出来事を振り返ってみたいと思います。 関係する立場により思惑は異なるでしょうが、仲介業者としての立場からみた、大きな変革をセクター毎に幾つか挙げてみましょう。

    目次
    1. 1980年以降の証券市場の変革
      ● 流通市場
      ● 仲介業者
      ● 管理監督
      ● 決済機構
      ● その他
    1. 改革の概要
    2. 証券市場の課題
      1.国民の資産形成支援の強化
      2.SDGsの達成に向けた取組み
      3.スタートアップ育成の支援
      4.デジタルトランスフォーメーション(DX)の促進
      5.高齢化社会に対応した金融サースの実現に向けて
      6.コンプライアンス相談窓口の設置
    3. これからの証券業は?
      ● ロボ・アドバイザー
      ● 個人金融資産管理
      ● 個人向けトレーディングツール
      ● SNSの参加者間で投資関連情報を共有するソーシャル・トレーディング
      ● モバイル証券の登場
      ● 小銭、ポイントの自動積立
      ● ブロックチェーン

    Ⅰ.1980年以降の証券市場の変革

    【流通市場】
    ● 立会場廃止、全取引システム化(1999年4月30日)
    ● 完全週休2日制スタート(1988年2月4日)

    立会場廃止により取引所の花形であった場立ち(ばたち)が一掃され、その取引は全てシステム化されました。当時、兜町の古老からは場味(ばあじ)が読めなくなったとの嘆き節が聞かれました。

    完全週休二日制の導入は、証券界の労働環境改善という意味もありますが、実務的には同日決裁がなくなった点が思い出されます。当時、土曜日には決済執行がなかったことから、水、木曜日の取引決済は翌週の月曜日に集中して、取引によっては顧客口座が資金不足に陥ることがありました。

    【仲介業者】
    ● オンライン専業証券の登場
    ● 銀行系証券の発足と発展

    ネット取引が普及し、顧客にとって仲介業者の選択肢が大きく広がりました。加えて日本版金融ビックバンにより自由化された取引手数料の一段の低減と、取引の迅速化が進みました。 1998年11月24日、山一證券の自主廃業に端を発した四社体制の崩壊後、銀行系証券がそれに取って代るように勢力を拡大し、現在では五社体制とも称されるようになりました。

    【管理監督】
    ● 免許制から登録制へ(1998年12月1日施行)
    ● 金融庁の発足(2000年7月1日)

    「箸の上げ下げまで」と揶揄された大蔵省の管理監督が続いた時代から、証券業界が自助努力により自らを律する時代へと大きく転換しました。 一方で固定手数料制等、業界保護の諸制度が撤廃され、競争が促進され、その最終章が金融庁の発足でした。

    【決済機構】
    ● 証券保管振替機構発足(1991年10月9日)
    ● 株券電子化開始(2009年1月5日)

    集中決済の進展により、証券会社での株券保管、店頭での株券や現金の出し入れ等々が一掃され、不正や事故のリスクが大幅に減りました。

    【その他】
    ● 金融ビッグバン

    1996年に橋本内閣が打ち出した「日本版金融ビッグバン」は、フリー(自由)、 フェア(公正)、グローバル(国際的)の3つの原則を掲げ、2001 年までに東京市場 をニューヨークやロンドンと並ぶ国際的な金融・証券市場とすることを目指すものでした。

    Ⅰ.改革の概要

    基本的考え方
    ○明確な理念の下での広範な市場改革
     本改革は、Free、Fair、Globalの3原則に照らして必要と考えられる改革を全て実行。
    ○利用者の視点に立った取組み
    各審議会の報告書の主な内容は、利用者の立場に立った改革という観点から、月刊資本市場(公益財団法人 資本市場研究会)の 2024年1月号(No. 461)の巻頭に日本証券業協会会長 森田 敏夫氏による『これからの証券市場を展望して』と云う一文が寄せられております。(要約は筆者)

    Ⅰ 投資家・資金調達者の選択肢の拡大
    Ⅱ 仲介者サービスの質の向上及び競争の促進
    Ⅲ 利用しやすい市場の整備
    Ⅳ 信頼できる公正・透明な取引の枠組み・ルールの整備
    ・・・の4つの視点を網羅。

    ○金融システムの安定
     本改革の実現に当たり、金融機関の不良債権問題の速やかな処理を促進するとともに、我が国金融システムの安定性確保とこれに対する内外からの信頼確保に万全を期することとする。

    (金融庁HPより)

    この大きな変革により、顧客に提供可能な商品が一気に多様化し、同時に手数料競争に突入しながらも、証券業は相当に厳しく自らを律することが求められる金融業に生まれ変わっていきました。
    また、あまり話題には上りませんが、従来の証券会社における国際業務が「日本株の海外投資家への販売」という輸出中心であったのに対し、「外国の株式の国内投資家への販売」という輸入業務にも業容を拡大していったのもこの時代です。
    1980年代以降は年金基金や保険会社などの機関投資家に加えて海外投資家の参入も進み、内外の資金流入が日本の証券市場を多様化し、さらなる国際競争力を高める・・・・・・はずでした。

    Ⅱ.証券市場の課題

    月刊資本市場(公益財団法人 資本市場研究会)の 2024年1月号(No. 461)の巻頭に日本証券業協会会長 森田 敏夫氏による『これからの証券市場を展望して』と云う一文が寄せられております。(要約は筆者)

    1.国民の資産形成支援の強化
    〜「貯蓄から投資へ」の流れを確かなものへ〜
    協会では、2022年7月、政府による資産所得倍増プランの策定方針を受け、「中間層の資産所得拡大に向けて〜資産所得倍増プランへの提言〜」を取りまとめ、NISA制度の抜本的拡充、そして金融経済教育推進機構の設立を実現した。

    2.SDGsの達成に向けた取組み
    〜サステナブル・ファイナンスの推進〜 証券業界における当該分野に関わる専門家不足を見据えて、2023年7月、「サステナブル・ファイナンス推進宣言附属書」を改訂し、サステナブル・ファイナンスに関する市場関係者の人材育成強化に向けた取組みを推進することを明確化にした。

    3.スタートアップ育成の支援 
    協会では、特定投資家向け銘柄制度(通称J-Ships)を2022年7月に創設、特定投資家と呼ばれるプロ投資家に、一定条件の下、証券会社が非上場企業の株式等の勧誘を行うことを可能とした。

    4.デジタルトランスフォーメーション(DX)の促進
    目論見書や投資信託の運用報告書など、交付書面の原則デジタル化の実現に向けた体制作り。 サイバーセキュリティについても、会員証券会社に向けて、様々な研修を行う。

    5.高齢化社会に対応した金融サービスの実現に向けて
    協会では、高齢化社会に対応した資産運用・管理や代理人等取引のあり方について、任意代理等の法的制度に関し、今後、一定の方向性が見出せるよう取り組む。

    6.コンプライアンス相談窓口の設置
    2023年9月、協会に「コンプライアンス相談窓口」を設置。同時に、様々なコンプライアンス上の規制、特に既存のルールに、形式的になっているものや時代遅れのものなどがあれば、スクラップアンドビルドにも取り組んで行く。

    年頭にあたり、証券界の課題を実務的に簡潔にまとめておられますが、長期的な課題に組み直すと下記の四点が浮かび上がります。

    1. デジタル社会への対応
    2. 全ての世代への証券サービス提供
    3. グローバルな課題との共生
    4. 上記の課題に対応するルール作り

    Ⅲ.これからの証券業は?

    人工知能(AI)、ビッグ・データ処理など、証券業に大きく影響を与えるような技術革新が目の前に広がる現在、その適切な活用は大きな課題であることは言うまでもありません。 では、どのような変化が見通せるのでしょうか?


    【Step.1 】金融仲介における新たな手法の出現
    スマート・フォンを利用したモバイル証券のように、その利便性から顧客との接点が近く、顧客動向を詳細に把握できる仲介業者が現れ、既存の証券会社の競争優位性が低下する可能性があります。


    【Step.2 】 生成AI の発達
    既存証券会社の競争優位点であった人的ネットワークによる情報提供の役割を大きく代替もしくは拡張する可能性もあり、そのコスト構造やグループ戦略に大きな影響が出ます。


    【Step.3 】 顧客層の変化
    ネット社会の発展で、投資/資産運用において、プロとアマ、証券会社と顧客、機関投資家と個人投資家、その間に存在する情報の非対称性は縮小する傾向にあります。さらに、SNSを経由した、顧客間の相互交流的な情報交換の広まりも、証券会社が提供するサービスの価値に影響が出ると考えられます。


    【Step.4 】 変化に対応した業法、監督、自主規制
    従来型の法規制の枠組みからはみ出すような金融取引や手法が出現したり、AIを使った自動取引における受託者責任:フィデューシャリー・デューティー(fiduciary duty)の扱い等々、変革に対応する関係者の素早いルール構築こそが重要です。

    このような変化の中で具体的にどのようなサービスが出現しているでしょうか?


    ◆<ロボ・アドバイザー>
    主としてオンライン経由で、①顧客の年齢・年収・保有金融資産・投資目的・リスク許容度等のプロファイリングを実施し、②それに基づく運用方針に沿った、ETF・投信等による投資一任等による資産運用を提供するサービスです。
    顧客にとって、一部富裕層や機関投資家が享受してきたような高度な投資助言サービスを低コストで少額から受けることができます。
    富裕層にとっても、ロボ・アドバイザーを併用することで、担当者の個性に依存しない、より中立的なサービスを受けることが期待できます。

    ◆<個人金融資産管理(Personal Financial Management:PFM)>
    銀行、証券、クレジットカード、電子マネー、ポイントカード等の情報を収集し、家計簿を作成するサービスです。 ばらばらの金融機関に存在する各種情報を自動的に収集・統合して顧客に提供するPFM は、多様化する金融チャネルを利用する個人にとり、大きな武器となります。 退職後の生活資金管理、公的年金や住宅ローン、子弟向きの積み立てなどの情報が集約されるとすれば、実際の課題解決を提供することが出来る業者には優位性が見られそうです。

    ◆<個人向けトレーディングツール>
    機関投資家、特にヘッジファンドが駆使するようなアルゴリズム・トレーディングを個人向けに提供するサービスや、 AIによって価格変動パターンを認識してし、自動取引アルゴリズムを生成するサービスもみられます。

    ◆ <SNSの参加者間で投資関連情報を共有するソーシャル・トレーディング>
    参加者間で様々な投資関連報を共有する「コミュニティ型」と情報共有する他者の投資戦略を真似る「コピートレード型」が現れております。 前者には参加者間で広く情報を集めることで、企業収益の予測を行うものもあり、その優位点はアナリストや証券会社の偏り:バイアスが影響しない予測にあるでしょう。 後者には参加者が銘柄や投資成績といった情報を開示し、参加者間で取引情報が公開・共有され、投資成果の高い参加者の取引を真似ることができるものです。

    ◆<モバイル証券の登場>
    スマートフォンの普及を背景として、そのアプリ上でのサービス提供に特化した証券会社が登場しています。 米国では、2013 年創業の Robinhood がスマートフォン上で手軽に株式を売買できるサービスを提供していますが、SNSなどで話題となっている株が集中的にモバイル証券経由で頻繁に取引され、株価が暴騰・暴落する現象、いわゆる「ミーム株(はやり株):Meme Stock」という市場混乱要因を生み出したことは記憶に新しいところです。

    ◆<小銭、ポイントの自動積立>
    買い物時のお釣りやポイントを、あらかじめ指定した ETF や投資信託で自動的に積み立てるサービスも無視できないサービスです。

    ◆<ブロックチェーン>
    決済・インフラ分野において、ブロックチェーン技術の金融市場インフラへの適用が検討されています。 ブロックチェーン自体は暗号資産(Crypto Assets)で脚光を浴びましたが、証券決済においてこの考え方を導入しようとの試みが検討されておりますが、 課題は多いようです。

    <参考>

    • 「証券業界とフィンテックに関する研究会サーベイグループ」報告書 日本証券経済研究所2017年1月26日
    • 「資本市場の変貌と証券ビジネス」日本証券経済研究所2015年3月31日
    • 「変貌する金融と証券業」日本証券経済研究所2018年4月27日
    • 月刊資本市場(公益財団法人 資本市場研究会)2024年1月号(No. 461)
    • 野村総合研究所HP
    • みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社HP

    [2024.8.6 ]

    [執筆者プロフィール]
    一燈。1980年大手証券会社入社。企業派遣留学として米国でMBA取得。その後、シンガポール・香港駐在を通じアジアビジネスに、 また本社経営企画部門で経営戦略の立案等に関わる。


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    Ⅰ.株主総会の現在

    株主総会がネット配信される時代となり、また開催日の集中が避けられる傾向から、複数社の総会を“観戦”することが可能となりました。

    私も数回、株主総会の事務方を担ったことがありますが、膨大な想定問答集を作成するために担当部署を走り回り、会場のレイアウトやスタッフの配備に頭を悩ませ、株主向けの記念品に気を配り、総会当日の突発事項に瞬発力を試されと、本当に無事に終了した時の開放感は今でも忘れられません。

    特に昔の荒れた株主総会では、記念に配布された紅白饅頭が経営陣に投げつけられ、株主同士の大乱闘が始まり、「議長!」「異議なし!」「議事進行!」といった罵声が飛び交う中、やっと議決にたどり着くという壮絶なものもあったようです。

    近年は、開かれた株主総会を標榜する企業も多く、さらには、いわゆる物言う株主/アクティビストによる株主提案も増えて、株主総会は活性化する傾向にあり、旧態然としたシャンシャン総会や、荒れる株主総会の時代と比べれば、本当に“観戦”という言葉が適切に思える時代になりました。

    現在の典型的な株主総会の議事進行では、経営側による経営方針・実績・中期計画等の説明、決議事項の審議/決議の後に、株主との質疑応答、即ち株主の「ご意見拝聴」となりますが、一般株主も声を上げる機会が各段に増えております。

    数年前、某外食チェーンの株主総会の席で、「私にも言いたいことがある!」と宣言の上で質問に立った初老の紳士が、「優待券の額面が300円から500円になった、使い勝手が悪い事この上ない!」と大真面目に叫んだ場面には失笑いたしました。

    少なくとも、株主総会で議論される話題ではありませんし、この株主が資金不足やハゲタカによる買収と云った、企業の危機存亡の事態に向き合ってくれるものとも思えません。

    Ⅱ.株主優待

    ところで、この株主優待制度、意外に多くの方が誤解している様子ですが、株主の基本的な三つの権利、①株主総会に於ける議決権、②配当金等々の利益配当請求権、③会社解散時等々の残余財産分配請求権、と同等な“株主の権利”ではありません。

    あらためて確認しておきますと、株主優待とは、企業が一定数以上の株式を保有する株主に対して、自社商品やサービス、割引券などの特典を提供する制度です。

    ちょっと穿った見方をすれば、その企業が株主に対して、株式保有の「謝礼」として、自社商品を贈呈する日本独特の慣行とも言えます。

    とは言え、多くの日本の個人投資家にとって魅力的な投資要因となっているのも事実で、投資家の投資行動への影響には下記の三点が上げられます。

    1. 個人投資家は、株価の上昇や配当を期待するだけでなく、優待制度により日常生活に役立つ商品やサービスを得るために株を購入するので、銘柄選定に影響を与える。
    2. 優待の内容は通常、株を一定期間保有し続けることで受けられるため、短期的な売買よりも長期保有を促進し、企業側も安定した株主基盤を維持し、株価の下支えを得ることが出来る。
    3. 株主優待を得られないものの、日本企業への投資を検討する外国人投資家にとり、一種の文化的特性として、株価安定の一つの目安とも判断される。

    世界の何処かの国に、日本と同様な株主優待制度が存在するかもしれませんが、浅学にして私はその実例を知りません。

    Ⅲ.米国の株主維持策

    特にアメリカの企業は、企業の収益を配当金や自社株買いによる株価上昇を通じて株主に還元することに重点を置いていますし、ブローカーが実施するならまだしも、企業自らが優待品やサービスで株主を引き付けるという理屈は企業プライドが許さないでしょう。

    私も米国企業の債券発行にあたり、日本国内では景品を付帯しての販売を提案したことがありますが、そんなことをしなければ売れないのか、と発行体の賛同が得られず、引受業者として別途、景品を用意した経験があります。

    ただ、企業によっては大規模な年次総会を開催し、株主を招待しております。

    その代表的な例がバークシャー・ハサウェイ社で、ネブラスカ州オマハで開催されるこの年次イベントでは、世界中の投資家や市場関係者が注目する中、同社を率いるウォーレン・バフェット氏がロック・スターの如く登壇し、投資、経済見通し、人生について語るのを株主が直接、聴ける貴重な機会を株主に提供しています。

    コロナ禍以前には、カリスマ経営者と云われるようなトップを有する日本企業も、総会に付随して懇親会のようなイベントを催していました。

    それでは、米国企業が高慢で株主の長期保有に関心は無いのかというと、そんなことはありません。

    これも証券界の古老に伺った昔話ですが、1960年代のアメリカの主要企業では株主政策として、初めて株主になった方には感謝状が、不幸にして売却した株主には遺憾の意を伝える書状が発送されたそうです。

    さらには、直接に株主を訪問しての企業広報を長期間に渡り実施していた企業もあったそうです。

    市場や株主数、証券の保管システムが大きく異なる現代ではなかなか考えられませんが、それでも株主の維持には多大な努力が為されていたと理解してよろしいでしょう。

    歴史的に、このような投資家を大切にする企業の姿勢が、アメリカ企業の透明性を担保し、情報の非対称性を低減し、優良な株主を維持しているとすれば充分に立派な経営哲学ではないでしょうか。

    Ⅳ.株主優待への評価

    株主優待、それは株主向けの宣伝であり、株主の取り込みであり、市場に提供されるある種の甘味料:スウィートナーでしょう。

    しかしながら、株主の公平性と云う観点からみると、いささか誤解を招く慣行とも云え、私も実務で経験しておりますが、一部の海外投資家からは疑問視されていることも事実です。

    その懸念を解消するために、近年では株式を保護預かりする銀行や証券会社の保管機関、いわゆるカストディアンの裏方が、金券ショップなどで換金して最終投資家に戻したり、食料品などを公共機関やボランティアに提供する了解を取ったりと、可能な限り株主の利益に供するよう奔走しているようです。

    ただ、幸いな事に(?)、株主優遇制度に対し異議を表明する、或いは法的紛争に発展させる海外機関投資家を耳にした事がありません。

    少額の経費で個人投資家を引き付け、企業の長期的な株主基盤を安定させ、かつ株価の下支えを図れるとしたら、多少、灰色の領域だとしても、目をつぶるという大人の対応でしょうか。

    株主優待実施企業数は、リーマン・ショック直後(2009~2010 年)を除き、おおむね増加基調にありましたが、2019 年をピークに頭打ちとなり、2022 年 9 月時点で、日本では全上場企業の約 4 割に当たる 1,463 社が株主優待を実施している様子です。

    また、足元では株主優待の新設企業数を廃止企業数が上回ており、廃止理由として公平な利益還元を上げで、機関投資家や外国人投資家への目配りを感じます。

    ただ、株主優待廃止時には一時的に株価が下落したり、株主数に変化が現れたりする傾向がありますが、同時に増配や自社株買い等を公表して下落幅が小さくなる現象もみられます。

    <参考>

    • 「近年の株主優待の実施動向と、廃止による株価下押し圧力の推計」
      2023年1月18日 大和総研 金融調査部 研究員 瀬戸佑基、研究員 森 駿介

    [2024.6.27 ]

    [執筆者プロフィール]
    一燈。1980年大手証券会社入社。企業派遣留学として米国でMBA取得。その後、シンガポール・香港駐在を通じアジアビジネスに、 また本社経営企画部門で経営戦略の立案等に関わる。




    目次
    1. 「風が吹けば桶屋が儲かる!」
    2. 地政学的事象が日本の経済/金融市場に与える影響
      1.貿易摩擦と経済への影響
      2.エネルギー供給と価格変動への影響
      3.政府・中央銀行の政策対応への影響
      4.投資家心理への影響
    3. 2024年のグローバルな地政学的リスク
      1.ロシア対ウクライナ
      2.イスラエル・ガザ
      3.米国内の分極化
    4. 政策対応から推察する地政学的リスク
    5. まとめ

    Ⅰ.「風が吹けば桶屋が儲かる!」

    風が吹くと砂ぼこりが立ち、砂で目を傷める人が増える。

    目を傷めた人は三味線を弾くから、三味線に張る猫の皮が不足する。

    猫が不足すればネズミが増えて、あちこちの桶が齧られるから、桶屋が儲かる。

    江戸時代の浮世草子が元ネタと伝えられますが、毎度のことながら先人の知恵には感服するばかりです。

    最近では、NHKでも*“蝶の羽ばたきが、巡り巡って竜巻を起こす”という意味で、バタフライ・エフェクト(Butterfly Effect)なる小洒落た英語を使っておりますが、意味は同じようなものです。
    (*NHKホームページより)

    本稿のテーマである地政学的リスクも、実はこのような不確実性の下に発生する事象の連鎖効果と言えるかもしれません。

    ある特定の地域が抱える政治的・軍事的な緊張の高まりが、地理的な位置関係により、その特定地域の経済、もしくは世界経済全体の先行きを不透明にするリスクのこと。地政学的リスクが高まれば、地域紛争やテロへの懸念などにより、原油価格など商品市況の高騰、為替通貨の乱高下を招き、企業の投資活動や個人の消費者心理に悪影響を与える可能性がある。
    【出典:野村證券、証券用語解説集より】

    兜町の古老から聞いた相場格言に「遠くの戦争は買い、近くの戦争は売り」というものもありました。

    その古老が回想するのは、1950年に朝鮮半島で勃発した朝鮮戦争による物資・サービス需要が巻き起こした大相場でした。


    (「日経平均 読む・知る・学ぶ」日本経済新聞社より)

    さて、いろいろな地政学的事象が日本の経済や金融市場に与える影響は、概ね以下の四点にまとめられます。

    Ⅱ.地政学的事象が日本の経済/金融市場に与える影響

    1. 貿易摩擦と経済への影響
      米国との貿易摩擦は、関税引上げや輸出制限が課せられ、日本製品に対する需要が減少、企業収益も低迷します。
      一方、中国との関係が悪化すると、サプライチェーンの混乱や輸出減少が発生し、日本企業に大きな打撃を与えます。
      このような日本と特定国との二国間摩擦だけではなく、日本以外の第三国間の紛争、例えば米中関係の悪化は、日本も含む多くの国に影響を与えます。
    2. エネルギー供給と価格変動への影響
      日本はエネルギー資源を海外からの輸入に依存しており、中東情勢の不安定化により原油価格が急騰すると、輸入コストが上昇し、企業の利益率が低下、特に、石油関連の製品を多く扱う企業は影響を受けやすくなります。
      また、エネルギー供給が不安定になると、企業はリスク回避のために、再生可能エネルギーへの転換やエネルギー備蓄などの戦略をとり、短期的にコスト増加を招きますが、長期的には国家的エネルギー安全保障の強化につながる可能性があります。
    3. 政府・中央銀行の政策対応への影響
      地政学的リスクが経済に悪影響を及ぼす場合、日本銀行は金融緩和策を強化する可能性があり、追加的な量的緩和や金利引き下げなどを進め、資金供給を増加して景気刺激を図ることもありますが、一方でインフレ・リスクも懸念されます。
      また、極端な円高が進行した場合、日本政府や日本銀行が為替市場に介入する可能性もあり、短期的には効果を発揮することもありますが、市場の信頼を損なうリスクも伴います。
    4. 投資家心理への影響
      日本近隣での紛争、北朝鮮のミサイル発射、南シナ海での領有権争いは、投資家のリスク回避行動を引き起こします。リスクが高まると、安全資産とされる日本円が買われ、円高が進行します。
      これにより、日本の輸出依存度の高い企業、自動車メーカーや電子機器メーカーの競争力が低下し、業績悪化、株価低迷する可能性があります。
      また、調達された円で投資家が日本国債を購入すると、債券価格が上昇し金利が低下、金融機関の収益が圧迫される可能性があります。

    さて、上記四点は一般的な地政学リスクを網羅的にまとめたものですが、より具体的に2024年のグローバルな政学的リスクはどこにあるのでしょうか?

    1998年に設立された、地政学的リスクを専門に扱うコンサルティングファーム、ユーラシア・グループ(Eurasia Group)は毎年、その年の10大リスクを発表しております。

    2024年版の冒頭、本年の大きな課題として三つの局地的紛争を挙げ、その問題点を整理しています。

    Ⅲ.2024年のグローバルな地政学的リスク

    1. ロシア対ウクライナ
      • 戦況はますます悪化し、ウクライナは今、国際的関心と支援を失いつつある。
      • 特に米国でウクライナ政策の優先順位が低下しつつある。
      • ロシアは西側諸国から完全に孤立したまま、紛争はエスカレートする可能性が高い。
      • ウクライナの領土は分割される可能性が高い。
    2. イスラエル・ガザ
      • 悪化の一途をたどっている。
      • 戦闘を終わらせる明白な方法はなく、過激化が急激に進む可能性が高い
      • イスラエルのユダヤ人はホロコースト以来最悪の暴力にさらされ、自分たちが世界的に孤立し、憎しみの対象になっていると感じている。
      • パレスチナ人は自分たちが大量虐殺に遭っていると考えており、和平の見込みも脱出の機会もない。
      • この紛争をめぐる深い政治的分裂は、米国はもちろん、中東全域、そしてイスラム世界の 10 億人を超える人々にまで及んでいる。
    3. 米国内の分極化
      • 前例のないほど機能不全に陥った米国の選挙は、世界の安全保障、安定、経済の見通しに多大な影響を与えるだろう。
      • その結果は 80 億人の運命に関わることになるが、発言権を持つ米国人はわずか 1 億 6,000 万人、さらに勝敗は一握りの激戦州の数万人の有権者より決定される。
      • 民主党であれ共和党であれ、負けた側はその結果を不当なものと考え、受け入れようとしないだろう。
      • 世界で最も強力な国が、自由で公正な選挙、平和的な権力移譲、三権分立による制度的チェック・アンド・バランスなど、基盤となる政治制度に対する重大な挑戦に直面している。

    以上の三つの争いを、先の「地政学的事象が日本の金融市場に与える影響」四点に当てはめると、こんな結論が導かれます。

    【ロシア対ウクライナの影響】

    ロシアは世界最大の天然ガス輸出国であり、ウクライナはその重要な通過国で、この二国間の紛争はエネルギー価格の高騰を招いており、経済全般にインフレ圧力をもたらし、企業のコスト増や消費者の購買力低下を招きます。

    【イスラエル・ガザの影響】

    中東情勢の不安定化は原油価格の上昇につながることが多いため、日本のエネルギーコストに直接的な影響を与えます。

    【米国の分断の影響】

    ● 経済政策の不透明化
    ● 金融市場の動揺
    ● 金利政策の変動

    こんな影響が考えられますが、具体的な紛争ではなく、一国の政策から地政学的リスクが浮かび上がるケースもあります。

    Ⅳ.政策対応から推察する地政学的リスク

    今年に入ってからの急激なドル円相場の変動には、日米の景気動向や金利差などで説明する市場関係者が大多数ですが、その動きを地政学的に説明しようとする方もいらっしゃいます。

    株式会社 武者リサーチ代表の武者陵司氏は、そのレポートで円安の原因は地政学的リスクにありと指摘されております。

    この円先安観はどこから来ているのだろうか。それは地政学、米当局の意志としか考えられない。昨年6月、11月の米財務省による為替監視リスト(中国、ドイツ、マレーシア、シンガポール、台湾、ベトナム)から、対米貿易黒字第5位の日本が外れた。中国・台湾・韓国という地政学的危険地帯に集中しているハイテク製造業の産業集積を安全な日本に移転するしかない、という覇権国米国の国家戦略遂行の手段が、この超円安の背骨にあると考えざるを得ない。
    【武者リサーチ2024年05月14日附 ストラテジーブレティン 第353号】

    世界的なサプライ・チェーンからの中国排除という米国の政策に伴い、東アジアにおけるハイテク製造業のハブを中国、韓国、台湾から日本に戻すための円安進行というシナリオは、現時点では肝心要の日本における半導体産業の定着や発展が不透明なものの、なかなかに説得力ある論説で興味深いものです。

    Ⅴ.まとめ

    地政学的リスクの金融市場への影響は、ある程度パターン化しているものもあり、それに対する反論も多数見られます。

    例えば、安全資産としての円という前提に疑問を呈する経済の専門家は多数いらっしゃいますし、過去の円高過程で、多くの日本の製造業は海外での生産設備増強で対応力を強化してきたはずです。

    それにも関わらず、短期的に金融市場は、あるパターンで動くという前提を念頭に置いておくべきでしょう。

    しかしながら、地政学な分析に留意して長期的な視点を得るならば、短期的なショックに動揺して判断を誤るような事態は避けることが出来ます。

    そのような地政学的知見を身に着けるためには、日本だけでなく、海外のメディアや外国政府の動向に注視する必要もありますが、限られた時間や言語の問題で、なかなか難しいかもしれません。

    それでも、地政学的考え方を身に着けようとする訓練は、金融市場に関わる方々には必須とも言えます。

    こんな書籍から始めてみては如何でしょうか?


    「13歳からの地政学―カイゾクとの地球儀航海
    /田中 孝幸(著)」

    本書では米国の地政学的優位性につき、こんな指摘をしております。

    ● 世界の貿易はほとんどが海を経由し、海を支配する米国が世界の仕切役になっている。このため米ドルが世界中の貿易の大半で使われる。
    ● 米国は自国通貨で物を買うことが出来るので、豊かになっている。
    ● 米国が超大国になったのは地理的条件に恵まれている事が大きい。

    “13歳からの”と銘打つ本書ですが、20歳でも40歳でも60歳でも地政学的な考察に触れる機会を与えてくれる良書です。


    「危機の地政学/イアン・ブレマー (著)」

    著者のスタンスは、混迷する世界情勢の中で如何に最適解を求め国際協調を探るかというもので、米国というグローバルな盟主なき世界で、先進諸国が経済支援も含め諸々協調し、危機に対応すべきという主張です。

    <参考>

    • 野村證券、証券用語解説集
    • 武者リサーチ 「ストラテジーブレティン」
    • ユーラシア・グループHP

    [2024.5.21 ]

    [執筆者プロフィール]
    一燈。1980年大手証券会社入社。企業派遣留学として米国でMBA取得。その後、シンガポール・香港駐在を通じアジアビジネスに、 また本社経営企画部門で経営戦略の立案等に関わる。


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    昨年、2023年の米国株式市場は荒れ模様でした。

    コロナ特需の賞味期限は過ぎ、FRB(Federal Reserve Board:連邦準備制度理事会)主導の金融引き締めが急速に進み、3月にはシリコン・バレー・バンクの破綻という要因もあり、悲観的な雰囲気が充満する市場でしたが、Magnificent Seven:M7と称される7社が突出して脚光を浴びました。

    投資家の大きな成長期待が寄せられた当該7銘柄に投資資金は集中し、米S&P500種株価指数構成銘柄による時価総額の3割を占めるまでに株価は高騰し、機関投資家も市場に負けまいと買いを入れ、いわば正のスパイラルが出現し、NYダウは年末に向けて大きく上昇しました。


    【NYダウ 工業株30種、Bloombergより】

    最近では、そのM7からビジネスに暗雲が漂う三社を除いたFabulous Four:Fab 4との呼称も定着しつつあります。

    少数企業への取引集中状態を、市場関係者がキャッチ―な呼び方で囃し立てる様は、やはり投資家の眼を少しでも呼び込もうとする業界の性(さが)でしょうか?

    GAFA➡Magnificent Seven:M7➡Fabulous Four:Fab 4との変遷、日本語でガーファ➡マグニフィセント・セブン:エム・セブン➡ファビュラ・フォー:ファブ・フォーと口に出してみると、なにやら日本の証券人のセールス・トークも、一段と高度で洒落たものと錯覚しかねません。

    しかしながら、一部の新聞・雑誌ではMagnificent Sevenを「神セブン」と、何処かの安手のアイドル・グループを想起させたり、Fab 4をファブ・フォーとだけ記してこちらも韓国のダンス・グループのように記載したりする例も散見されました。

    無論、Magnificent Sevenは映画「荒野の七人」、さらにはその原作たる黒澤明の傑作時代劇「七人の侍」を念頭に置いたものですし、Fabulous Four:Fab 4はビートルズの四人を意識したものです。

    若い記者諸氏の無知を笑うより、「時代は変る」、The Times They Are a-Changin’ という感慨を深くするばかりの私です。

    閑話休題

    そんなITやAI企業の話題ばかりに埋もれて、ユニークな企業や知られざる世界企業が隠れているのもアメリカの市場です。

    そんな、企業の一社を紹介してみたいと思います。

    ディア・アンド・カンパニー(英語: Deere & Company)

    • 1837年に創設された、アメリカ合衆国イリノイ州モリーン市に本社を置く世界最大の農業機械メーカー。
    • 創業者の名を冠したブランド名であるJohn Deereがよく知られており、緑色の機体色に映える黄色のホイールと鹿のエンブレムがブランドアイコン。

    株価は2020年以降、その位置を大きく変えております。

    【ディア、Bloombergより】

    この間、世界的な人口増、新興国の台頭、地球温暖化の影響、商品市況の高止まり等々の要因から、世界的に食糧問題がクローズアップされ、その需給が国際的に議論されていた時期でもあります。

    わが国でも活発な議論が交わされており、その主役たる農林水産省は令和3年(2021年)3月に『世界の食料需給の動向』とする報告を公表しており、その中で供給面での課題として、「収穫面積の増加」と「単収*の増加」の二点を上げております。
    (注* 単収とは一定面積当たりの収穫のこと。)


    【農林水産省「世界の食料需給の動向」令和3年3月】

    その一方で、供給面での問題点として「収穫面積の減少」が上げられおり、目先の食糧供給増には、既存の耕作地で効率的に増産を図るという解が浮かび上がります。

    一方、コンサルティング会社、アーテリジェンス社の報告によると、農業を取り巻く環境変遷として次の二点を上げております。

    1. 機械大型化
      かつては手作業を主としていた農業は、機械の導入、そしてその大型化の恩恵を受けることにより大きく効率化した。
    2. 機械精密化
      農機具から機器の動作に関するデータ(位置情報、燃料レベル、エンジンの回転数等々)や、作物の管理に関するデータ(土壌、収穫量、散布データ等々)と云った様々なデータの獲得や、そのデータを集約して分析し、生産性が飛躍的に向上した。

    この二つの課題を徹底的に追及して持続的成長を獲得した企業がディア社なのです。

    同社は大型農場の中で駆動する自社の農機具に搭載したセンサーで農場、耕作フロント、機械のデータ等々、具体的には土壌分析、耕作の進展具合、局地的な気象情報、機器のメンテナンス情報等々を自動的に収集、クラウドへ自動アップロードしてプラット・フォーム上で管理・分析するというサービスで、農場主が何時でも何処でも農場管理を可能とし、最も効率的な農場運営の方向性を提供します。

    また、同じデータを顧客と同社が共有することにより、製品の性能向上ばかりでなく、膨大な農業生産現場のデータが蓄積され、顧客にさらなる最適解を提供することを可能とします。

    たとえば穀物の苗を植える際に、その土地で、どの程度の密度で、どのくらいの間隔で植えていくか等々の精緻な耕作プロセスを人口知能:AIで分析して提案させるのです。

    AI による分析には、農地や作物、さらにはその土地の天候まで膨大なデータが必要ですが、ディア社はその主力製品である農機具を通じて、世界中の農場現場から、そのデータを蓄積しているのです。

    この手法は精密農業(Precision Farming)と呼ばれますが、その定義は、国際的に様々な解釈が存在するようです。

    全米研究協議会(United States National Research Council)では「情報を駆使して作物生産にかかわるデータを取得・解析し、要因間の関係性を科学的に解明しながら意思決定を支援する営農戦略体系」としています。

    イギリスの英国環境・食料・農村地域省(Department for Environment, Food and Rural Affairs)では「一つの農場内を異なるレベルで管理する栽培管理法」と定義しています。

    ちょっと、世界共通な御役所仕事のようで分かりにくい表現ばかりですが、わが国の主要農機具/建機メーカーのクボタが精密農業を、「データを活用することで、肥料、薬剤、水、燃料等のコストを最小化し、収量の最大化を目指す営農技術。加えて、食味や品質向上、トレーサビリティ、ノウハウの伝承、重労働の軽減も叶える」と非常にわかりやすく定義しております。

    「精密農業」とは何か? 株式会社クボタ

    皆様もワイン生産の現場で、少しだけ離れた農場で出来たブドウから出来上がったワインに大きな差が生まれることもあるという逸話を耳にしたことがあると思います。

    それだけ複雑で多様なばらつきのある農場に対して、データ記録に基づく詳細な管理を実施し、土地を傷めずに、収穫と品質の向上および環境負荷軽減などを総合的に達成しようという農場管理手法と言えるでしょう。

    従ってディア社は、農機具メーカーでありながら、膨大な一次情報を蓄積してAIを活用し最適解を顧客に提供しつつ、持続可能な企業として、農業の自動化等々に向けて技術革新を進める最先端企業なのです。

    農林中金バリューインベストメンツ常務取締役、最高投資責任者:CIOの奥野一成氏はディア社に投資するにあたり下記のような仮説を立てました。

    しかしながら、会社訪問時に「精密農業」という言葉が同社のスタッフから頻繁に出されたため、全く違う分野での競争優位性に気付かされたと述べておられます。

    ‍‍このあたり、アメリカの産業界の懐の深さでしょうか?

    過去180年以上に渡り、農業機械中心に成長してきたディア社という伝統的企業ですが環境の大きな変化に対応して、さらなる成長を遂げようとしております。

    <参考>

    • 教養としての投資/奥野一成(著)
    • 株式会社アーテリジェンス、株式会社クボタ、HP
    • 農林水産省等々、主要官庁HP

    [2024.4.19 ]

    [執筆者プロフィール]
    一燈。1980年大手証券会社入社。企業派遣留学として米国でMBA取得。その後、シンガポール・香港駐在を通じアジアビジネスに、 また本社経営企画部門で経営戦略の立案等に関わる。


    これも古参の金融関係者ならば御記憶でしょうが、昭和30年代の株式ブームに沸く証券会社の店頭に「ダウを買いたい!」という客が現れたという笑い話がありました。

    ダウ平均の一本調子な上昇に浮かれた俄か投資家が、在りもしない商品を買いに来たという、素人を嘲笑するような、いささか悪意のあるものでした。

    指数関連の金融商品が市場で多数取引される現代において、若手の金融人諸氏には、この話のどこが面白いのか、全く理解できないかもしれません。

    目次
    1. 金融市場における米国の動きを振り返る
    2. 金融派生商品(Derivatives)
    3. 資産担保証券(Asset Backed Securities)
    4. ETF(Exchange Traded Fund、上場投資信託)
      1.インデックス型
      2.アクティブ型
    5. まとめ
      1.現在価値(Present Value)という考え方が定着した事
      2.すべての金融商品が「金利」を変数として結びつけられた事
      3.情報の非対称性が緩和された事
      4.IT革命が金融に大きな影響を与えた事

    Ⅰ.金融市場における米国の動きを振り返る


    (日本証券取引所グループHPより)

    このような金融商品が数えきれないほど出現して、市場の多様性と規模が拡大したこの半世紀ほどの間に、どのような動きがあったのでしょうか?

    この間、世界の金融市場を牽引してきた米国、その動きを振り返ってみましょう。

    1929年10月24日(木曜日)、ニューヨーク証券取引所の大暴落に端を発した大恐慌以来、米国では金融機関に対する規制を強化/維持して、その安定性を確保してきました。

    政府がお墨付きを与えることにより、米国の金融機関は厳しく制限されながらも保護され、「3%で借りて、6%で貸し、午後3時にはゴルフに行く。」、3-6-3の法則と揶揄されたほど、安定的で競争もない業界が築かれたのです。

    しかしながら1970年代後半から、インフレや経済の低迷という外部環境の変化から、リスクヘッジ手段として金融派生商品が注目を浴び始めます。

    その背景となったのが、今日も良く知られている二つの輝かしい金融理論でした。

    1. 現代ポートフォリオ理論
      保有証券の組み合わせでリスクを極小化する。
    2. オプション理論
      保有証券とブラック・ショールズ・モデルにより算出されたオプションとの組み合わせでリスクを制御する。
    さらに、1981年10月に就任した第40代大統領ロナルド・レーガンによる、レーガノミックスとよばれた新自由主義政策、規制緩和・自由化の時代に突入し、ぬるま湯的な金融業界の環境は一掃され、競争が激化し、多方面への業務拡大にしのぎを削る時代に突入します。

    この流れの中で登場してきた新しい金融商品を、いくつか振り返ってみましょう。

    Ⅱ.金融派生商品(Derivatives)

    先物取引、オプション取引、スワップ取引、フォワード取引等、デリバティブ(Derivative)とは“派生的、副次的”という意味の英語で、株式、債券、金利、通貨、金、原油などの原資産の価格を基準に価値が決まる金融商品の総称です。

    古くは米や綿花等の農作物を対象とした先物取引から発達し、1990年前後からは、株式、債券などの金融商品を対象とした先物取引、オプション取引、スワップ取引などが活発に取引されるようになりました。

    さらには、ヘッジ目的よりも、積極的なポジション構築や他の金融商品との組み合わせにより利益を追及する手段として活用され始めました。

    近年では、天候(降雨量や降雪量、気温など)を対象とする「天候デリバティブ」や、信用力などを対象とする「クレジット・デリバティブ」なども登場しています。

    Ⅲ.資産担保証券(Asset Backed Securities)

    各種資産の信用力や、資産の生むキャッシュフローを担保として発行される証券の総称で資産を証券化したものです。

    企業などが有する資産を特別目的会社(SPC:Special Purpose Company)等に移管、SPCはその資産を担保に証券を発行し、投資家に販売します。

    資産が債権(売掛債権、ローン債権等)であれば、企業は債権の返済期限前の資金回収が可能となり、投資家は定期的な収入が得られることになります。

    原資産は基本的に定期的に継続的な収入が得られるものと判断できれば、商業用不動産担保ローン、住宅ローン、自動車ローン、リース、クレジットカード、病院収入、著作権収入等、幅広く求めることができます。

    ちょっと特殊な例ですが、1997年、ロック・ミュージシャンのデヴィッド・ボウイは、自身の著作権収入を担保に利回り7.9%の10年債を発行し、そのすべてを保険・金融大手のプルデンシャル・ファイナンシャルに売却して、5,500万ドルを入手しました。市場ではBowie BondとかZiggy Bondと呼ばれ、大きな話題となりました。

    Ⅳ.ETF(Exchange Traded Fund、上場投資信託)

    金融商品取引所に上場される投資信託で、大きく二つに分類できます

    1. インデックス型
      特定の指数、例えばNYダウ、S&P500、債券、REIT(リート)、通貨、商品等々の指数の動きに連動する運用成果をめざすものです。
    2. アクティブ型
      インデックス型のような連動対象指数を定めないものです。

    投資信託が1日1回算出される基準価額で、1日1回しか取引できない商品であるのに対し、ETFは、取引所の取引時間内であれば、相場動向を見ながら、いつでも売買できる点が異なります。

    投資先もグローバルに選べ、米国、日本といった先進国以外にも新興国や地域、あるいは金や石油などの資産に手軽に投資ができるようになりました。

    Ⅴ.まとめ

    さて、このような金融商品も俯瞰しながら、この半世紀の変革における重要事項を、私なりにまとめてみました。

    1.現在価値(Present Value)という考え方が定着した事
    ある資産が生む将来の価値から、金利などを割り引くことにより、その資産を、現在の時点で入手した場合の価値を導き出すという考え方です。 金融商品の現在価値を計量的に算定し、現在の市場価値と比較することで、合理的な投資判断が可能となるという考え方です。 オプションの複雑な計算も、基本的にはこの考え方に則ったものといえるでしょう。 この考え方こそが、企業の設備投資、債券投資、株式投資、M&A、証券化、といった現代の金融の通底に流れる概念でしょう。
    2.すべての金融商品が「金利」を変数として結びつけられた事
    これにより、金融取引の地平が革命的に拡大したという事実は歴史が証明するところです。 一方で金融商品同士の結びつきが複雑/高度になり、 金融市場でのショックが、より大きく、かつ広範に伝搬することも、リーマン・ショックやサブプライム・ローン問題等で経験しました。
    3.情報の非対称性が緩和された事
    かつて複雑な金融商品や高度な金融取引は、豊富な資本と情報を持つ機関投資家の独壇場でした。 しかしながら、近年の金融商品やIT技術の発展は、その優位性を減じ、多くの投資家が市場で公平に振る舞えるように近づいており、いわば金融市場の民主化が進んでいるのです。
    4.IT革命が金融に大きな影響を与えた事
    1980年代半ば、金融の現場やビジネス・スクールではヒューレット・パッカード社の、こんな小型の関数電卓が標準装備でした。

    Microsoft、Windows革命の前夜、手元のこの小さな計算機が縦横無尽に活躍したのは、石器時代の出来事のようです。

    パーソナル・コンピュータの発展により、複雑な計算が机上で簡単に実行でき、過去のデータもネット経由で簡単にダウンロードして処理できる時代となり、金融の現場は大きな変革を遂げました。

    金融工学という学究の世界でも、大きな成果が生み出され、2013年のノーベル経済学賞が、「資産価格の実証分析に関する功績」として、ユージン・ファーマ(Eugene F. Fama)、ラース・ハンセン(Lars Peter Hansen)、ロバート・シラー(Robert James Shiller)という三人の米国の研究者に授与されたことは、その証左でしょう。

    さらには、ブロック・チェーンの可能性として議論される効率的決済や、ビット・コインに代表される暗号通貨(Crypto Currency)も、IT革命が背景にあってこその課題でしょう。

    <参考>

    • 変貌する金融と証券業/公益財団法人 日本証券経済研究所
    • 現代金融資本市場の総括的分析/公益財団法人 日本証券経済研究所
    • NHKスペシャル マネー革命② 金融工学の旗手たち/相田 洋
    • 大和証券、野村證券、SMBC日興証券、三菱UFJアセットマネジメント等々、主要金融機関HP
    • 財務省、国土交通省、日銀等々、主要官庁HP

    [2024.3.19 ]

    [執筆者プロフィール]
    一燈。1980年大手証券会社入社。企業派遣留学として米国でMBA取得。その後、シンガポール・香港駐在を通じアジアビジネスに、 また本社経営企画部門で経営戦略の立案等に関わる。


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